神祓い 一章:少女

「神隠しというのは昔から語り継がれている言い伝えです。以前見た記録では、少なくとも千年以上前に遡ることが出来ますね」
 軽く挨拶と世間話をした後、村長はそう切り出した。
「随分と年季が入った神隠しですね」
 あてがわれた革のソファに座った望月は少し驚きの入り混じったように言った。
「ええ、本当に。しかしよくもまあ、ここまで続いたものです。これほど世の中が発展したというのに、未だにその言い伝えが生きているなんてね」
 呆れているのか感心しているのか、村長がそう言うのを望月はじっと見つめる。
「どうしましたか? もしかして、私の顔に何か付いてましたか?」
「いえ、申し訳ありません。若槻さんはこの村の出身なのか、などとふと疑問に思いまして」
「ははあ。おっしゃる通り、私はこの村の出身です。しかしそれがどうかしましたか?」
「いいえ、失礼ですが少々他人行儀なように見受けられましたので。ですが私の勘違いのようだったみたいです」
「ふむ。まあ村の出身といっても、この村にいた時間は少なかったからですね。幼い頃に少しいたというくらいです。ですから。無意識の内に他人行儀のように村のこと見てしまっているのでしょうし、そう見られるのも仕方はないでしょう。おっと、これは村人の前では言えませんな」
 ははは、と若槻は愉快そうに笑うが、脇に控えていた倉光が咳払いをすると、少し申し訳なさそうにする。
「そうでしたか。こちらに戻られたのは、何か事情があってのことですか?」
「最近色々と思う所がありましてねえ。こうして村に戻ってきて、村長として村をなんとかしようと頑張っている所です。よく田舎は何もないと思われがちですが、調べてみると、意外と資源や特産物に出来るものがあるのですよ。だから、それを上手く活用するのです」
「そうですか。ああ、すみません。少々私的なことを聞きすぎました。最後に神隠しがあったのはいつ頃でしょうか?」
「確か、五十数年ほど前のようですね。それ以降は誰かがいなくなったという話は出ていません」
「五十年、これはまた随分と昔ですね」
「ええ。ですが、このままにはしておけないのです。只の迷信だとは思えない。きっとあの子も……」
 村長は俯くが、不意にハッとしたかのように顔をあげる。
「失礼。これ以上は現地で調査していただいた方が早いかもしれませんな。倉光君」
「はい」
 倉光は何枚かの書類が入ったクリアファイルを望月に渡す。
「これは?」
「私が神隠しについて自分で調べてきたものと、比較的信頼のおける住人のリストと地図です。実は村の者の多くは未だに神隠しとか、そういうことを気にしている者が多いのです。ですから、迂闊に話を聞いても何も教えてくれないでしょうし、却って不都合が生じるでしょう」
「それもそうですね。お気遣い、感謝いたします」
「いえ、今回こちらにお越しいただいたのもそれを渡すのが主な目的でしたから。今はなりを潜めていますが、噂が立ち続けている以上、何かしら手を打たないといけません。でなければ、折角開発が上手くいっても結局は何も変わりません。どうか、よろしくお願いします」
 村長は深々と頭を下げた。