神祓い 三章:神贄

 太一は目を覚ました。辺りを確認するが、暗くて何も見えない。
「さっき何が起きたんだっけ。ああ、頭がクラクラする」
 太一が頭を抱えていると、唐突に視界の一点から光が指した。
「まぶしっ」
「ようやくお目覚めか。といっても、あれから小一時間くらいだが」
 光の差し込む場所から男の声がした。どうやら、戸を開けて太のいる部屋と思しき場所に入ってきたらしい。
「あれから……」
「ああ、あんたが森の中で倒れてから――」
 そこまで男が言ったところで、半分睡眠状態であった太はハッキリと覚醒するのを感じたと同時に、何が起きたのかも理解した。
「ここは、一体どこですか?」
「そうだな、今電気を付けてやる」
 そう言うと、男は戸から離れて部屋の中に入ってきた。カチッと音がすると、薄暗い明かりが辺りを照らす。
 部屋は神社の拝殿のような造りになっており、中央奥の太が座っている所は他の場所より一段床が高くなっていた。周りは几帳や御簾のようなもので囲われており、外の様子を窺い知ることが出来ない。
 太は男を見た。男は宿で女将と話していた男であった。
「俺は小金丸という。ここは神様の別荘さ。麓の神社の付属施設の一つ。贅沢なもんだろう」
「そうですね、贅沢です。でも今の僕にとっては、牢獄みたいに感じます」
「この神聖な場所を牢獄呼ばわりとは、そら恐ろしいことを言うね。それにここは普通人が入る場所じゃねえんだがな。今回は特別だってことで入れているんだ」
「何故僕達を追い回すんですか?」
「簡単なことさ。それはあんた達がこそこそと村のことを嗅ぎ回っていたからだ」
「嗅ぎ回っていたって、一体?」
「とぼけても無駄だ。大方、村長さんなりの頼みで神隠しについて、調べに来ていたのだろう?」
「それは……」
 太はその問いへの答えに窮してしまう。確かに調べていたのは事実だが、そもそも何故そのことを知っているのか。日中に聞き込みを行った中にこの男、小金丸は含まれていなかった。
「何か解せない、といった表情だな。だがあんた達は神隠しについて聞き込みを行っていた。実際に聞かれた者からも言質は取ってあるからな、それが何よりの証拠だ」
「でも、少なくとも日中に会った人達はいい人達でした。あの人達が簡単に他人に情報を漏らすとは思えない」
「おっしゃる通り、いい連中だよ。だがね、口を割るか割らないかってのはここじゃ大した問題じゃないんだ。今、この村には神の目がある、と言ったらね、すんなりとあんた達のことを教えてくれたよ」
「そんな」
「信じられないか? じゃあどうやって俺達があんた達の素性を知ったのか教えてくれよ、客士さんとやらよ」
 太は目を見開いた。その情報は確かに小金丸が推測しようがないものであり、かつ、日中自分達が会った人達に明かした素性であった。
「なんで」
「あ?」
「なんで、神隠しを調べるのがそんなに悪いことなんですか? 困っているなら、何かの手助けをすることだって出来ますし、いえ、今回ここに来たのはその神隠しを解決するためなんです」
「あんた、何も分かっちゃいないな。それこそが駄目なんだよ」
「え」
 太は耳を疑った。自分達を悩ませていることを解決しようというのに、何故それが問題なのか。
「納得していない表情だな」
「それはそうです。人が行方不明になるっていうのに貴方達はそれを容認していることになります。そんなのおかしいです」
「そうか。じゃあ教えてやる。この村ではな、確かに世間から見ると神隠しと言われている現象が起きている。それは事実だ。だが、只の神隠しとはわけが違う」
「つまり、どういうことですか?」
「そう焦るな。大体、神隠しというのは外部から言われていることだ。村の者はそんなことは言わない。何故なら、行方不明になった者がどうなっているか知っているからだ」
「知ってる? もうそうだったとしたら、それは神隠しじゃない」
「ああ、そうさ。だから正確には神隠しに遭うんじゃない。"俺達が神隠しということにしたんだ"」
 太は首を傾げる。忽然と人がいなくなったかのように故意に情報を操作したということか。一体、そんなことして何のメリットがあるのか。
「また解せない、って顔してるな。神隠しということにしたのは簡単だ。俺達がやっている本当のことを外部に知られたくなかったからだ」 「それって」
「人身御供だ。俺達はそれを神の贄、神贄と呼んでいる」
 太はそれを聞いて一瞬耳を疑った。この現代においては都市伝説に含まれるであろう因習が、実際に己の目の前に立ちはだかったからだ。
「そんな、前時代的な」
 太は絞り出すように言った。
「ふん、学者みたいなことを言うな。だが何とでも言え。そうしなきゃ、俺達は生きていけないんだ」
 男はポツリとそう漏らした後、踵を返し太に背を向けながら言った。
「知ってるか。神様ってのはな、案外欲深くて自分勝手なんだ」