神祓い 三章:神贄

「君はあの時の……一体どうして?」
「決まっているだろう。私こそがここに奉られている神に他ならないからだ」
 宮子は淡々と語る。
「それにしても愚かなやつだ。気の変わらぬ内にと先に警告してやったというのに、結局ここに留まってしまうとは」
「な、留まるたって、一日宿泊しているだけじゃないか」
「だが我にとっては好都合。あの時から気になっておったが、そなたは非情に馴染みがよさそうじゃ」
「はあ? 何をいって」
「そう、そなた。この儀のことを知りたがっておるようだな。ふふ、それも当然か。当事者たる自分がどういう立ち位置にいるのかまるで知らぬのだからな。いいだろう、語ってやるぞ」
 太は瞬きをする間にふと宮子がいなくなってしまったことにうろたえた。「こっちじゃ」という声が背後からしたので振り返ると、彼女は祠の前の欄干に腰をかけていた。
「外部の者が盛んに神隠しと言うとるそうじゃないか。全き神による妙技故、あながち間違えてはおらんがな」
 太は宮子に警戒心を露わにするが、その様子を意にも介さず彼女はクスクスと笑う。
「だがな、その神隠しには続きがある。どこまで村の者が話したかは知らぬが、神隠しに遭うのは決まって年端もいかぬ七、八程度の子供じゃ。さて、何故子供なのか、そもそもいなくなった子供は何処に行ってしまったのかのう?」
「……何処に行ったか分からないから神隠しなんじゃ?」
 宮子はそれを聞いて一層笑みを深める。
「賢しらな小僧よ。表層に出てきた言葉で理屈をごねるのはいいが、たまには言の葉の裏を垣間見るがよい」
「え?」
「そなたは我を見て何も思わんのか? え?」
 言われて、太は宮子をまじまじと見つめる。どう見ても幼い少女。しかし、その無垢な容姿に似合わぬ口調、そして子供の気配と共に感じる浮世離れした雰囲気。
「もしかして、その子って」
「やっと気がついたか。そうじゃ、この子は我の依代だ。そなた達が神隠しと呼び、村の者達が神贄と呼んでいるのは、要するに幼子の体を我に提供する儀のことだったのだ。幼子は神域との境界が曖昧だからのう、我の宿る器としては最適でな。ほれ、このように神の威光も滞りなく発揮できる」
 宮子は手を翳すと、四方を取り囲んでいた篝火から火が吹き上がり、頭上で渦を巻いて轟々と燃え盛った。
「だが、我は下賤な鬼や妖かしなどと違い慈悲を持っておる。だからのう、この村の者と契約したのだ。六十年、六十年すれば幼子を村に帰してやろうと」
「じゃあ、その時期が丁度来たと? そして、どういうわけか今度は僕の体を依代にしようと?」
「いいや。本来ならまだその時までには後十数年ある」
「じゃあ何故?」
「そうだな、予定が変わったのだ。そなたはそれだけの価値があると踏んだ。太、遠い昔にどこかで聞いた姓の筈だが、もしそなたに宿り記憶を辿ればそれが何か掴めるやもしれぬ」
「それは勘弁してほしいものですね。なんで貴方の気まぐれに付き合わないといけないんですか」
「ふん、尊大な奴だ。一時的とはいえ神と居を共に出来るというのに」
 もっとも、体の主導権は我にあるのだが。宮子は笑みを浮かべながら言った。
「さて、話もここらでよかろう。そろそろ、儀を始めようぞ」
「くっ!?」
 冗談じゃない。このままおめおめと生贄にされてたまるか。太は踵を帰して逃げようとする。
「な、なんだこれ」
 太はその場で膝をつく。体が非常に重い、まるで大の大人がのしかかっているかのうようだ。
「諦めろ。人間では私の巫術に抗しきれん」
「わっ!?」
 宮子は太に向けて手招きをするような動作をした。すると、太と宮子との間にまるで引力があるかのように太は少女の足元まで一瞬で引き寄せられてしまった。
「いった~」
「安心せい。時が来たら、お前の体はそのままにして返してやる。さて、そなたの体に入るために道を作らねばならんからな、大人しくしろよ」
 宮子が太の体に向けて手をのばす。
 やばい、太は本能的に感じた。死んだことはないが、多分、死の差し迫っている状況で感じるものとはこういう感覚なのだろう。最早周りの風景や音等一切目に入らず、目の前のそれに全身の注意が集中しているのを感じる。
 手が太の胸の中央に迫ろうとした時であった。