異界手帖 十一章:反魂の願い

「無断で人の家に上がり込もうとするなんて、困ったお客様達。でも、お客さんはちゃんとおもてなししてあげないとね」
 月光が照らす五十メートル四方の板張りの広場。腰かけていた欄干から離れ、たまきがしゃがんで猫を撫でると、猫は心地良さそうに喉をごろごろと鳴らした。
「さあ行きなさい。あの人達と遊んであげるのよ」
 にゃー、と可愛らしく鳴いて猫は軽やかに欄干を飛び越えていった。たまきはそれを見届けると、振り返って膝をついて息を切らしている太の方を向いた。
「はじめ、覚えたての呪術で抵抗したって無駄よ。それでは私には届かない」
「少しは、いけると思ったのにな。それにあの猫、何処かで見覚えが」
「そうね。貴方はあの子を知っている。だって、貴方をあの小学校に誘った子なんだから」
「ああ、思い出した。じゃあ、あの蜘蛛の妖怪も君の差し金だったんだね」
「ええ、一応は」
「一応?」
「土蜘蛛は元々彼処に住んでた子よ。私はあの子にはじめを連れてきてもらうように協力してもらっただけ」
「連れてきてもらうだけって、身の危険を感じたのだけど」
「あら非道いわ。あの子、なりはあんなだけど、とっても繊細で器用だったのよ」
 そうだったろうか、と太は学校での出来事を反芻する。
「それよりいいのかしら。はじめ」
「何が?」
「貴方はあの人達と交流し、少しの間だけど一緒にいた。その人達を私はこれから傷つけることになる。それなのに、貴方は狼狽えないのね」
「それなら大丈夫だよ」
「え?」
 太の思わぬ返答にたまきは呆気に取られる。何故、そんなに落ち着いていられるのか。
「確かに僕も一緒にいた時間は少ないけれど、それでもたまき、君よりは望月さん達を知っている。情けないことに僕はこんなざまだけど、あの人達は違う。君には負けないよ」
「そう、それは楽しみね。でもいずれにしても遅いわ。門の開くまでもう少し。客士さん達がよしんばここにたどり着いたとしても、その時は」
 たまきが欄干の上にちょこんと腰を下ろし、眼下に広がる光景を静かに見つめた。