鬼姫奇譚 一章:鬼惑い

「では改めまして。私が千方院家の当主、八重千代にございます」
 そう言って八重千代と名乗った女性はゆっくりと頭を下げ、やんわりと微笑む。
「天野幸彦と申します」
 天野は、少し訝しげに目の前の日本人離れした容姿の女性を見つめる。白を思わせる薄く長い金髪に白い肌のこの女性はしかし、着物に身を包んでおり、その対照性がより一層千方院八重千代という存在を際立たせていた。
「あの、どうなさいました?」
 八重千代は自分を見てぼーっとしている天野の様子に首を傾げた。
「あ、いえいえ、何でもありません。さっきのことは、ひょっとして誰にでもやっているのですか?」
 そう聞かれると八重千代はにっこりと微笑んだ。
「いえいえ。そんなことはありませんよ。私も子供ではありませんので、ちゃんと人は選んでおります」
 つまり俺は悪戯しても問題ないと思われたわけか、天野は内心げんなりする。
「不躾ながら、早速話に入りたいところですが」
「鬼が市内に出没している、という件でしょうか?」
「はい。それについて新宮から、貴方が何かご存知ではないか、と伺って参ったのですが」
「はて、鬼ですか」
 目を伏せて考えこむ八重千代。何か心当たりがあるらしい、と天野は思った。
 鬼惑い。最近、いかにも鬼のような風体をした男が、夕方から深夜の菅原市に出没しているという噂が立っており、そのことを巷ではそう呼んでいた。だが所詮は只の噂。本来ならばすぐに静まる筈だったが、警官を始めとした人間の目撃証言も出始めており、そのことが噂の信ぴょう性に拍車をかけることになった。
 当然、始めは静観をしていた客士院もこの件を放置をしているわけにもいかず、天野が動き出すことになったのである。
 八重千代はふと思い出したように顔をあげる。
「ところで、天野様はそのようなことをお知りになってどうするおつもりなのでしょうか?」
「もちろん、この馬鹿げた騒ぎを解決するつもりですが」
「そうですか。では少しばかり質問を変えましょう。貴方を見くびっているわけではございませんが、もし相手が暴漢の類でなく本当に鬼だったら、どうなさるおつもりでしょうか?」
「それはもちろん、桃太郎よろしく鬼退治と洒落こむしかありませんな、ははは」
「ふふ、まあ随分と事も無げに語られるのですね。流石は智映ちゃんのご友人、といったところでしょうか」
「まさか、友人なものですか。私があれに一方的に振り回されているだけです。それより、何か知っておられるのであればお教えいただきたいところですが――」
 しかし、八重千代はそれには答えず外の方を見やる。
「少しばかり、縁側の方に出ませんか」