鬼姫奇譚 二章:襲撃

 曲者の消えてしまった庭先に残された二人の間には、束の間の沈黙が起きた。
「あの、先生……」
 八重千代が申し訳なさそうに話しかける。
「あいや、すみません。全く蚊帳の外でした。しかし、人と人とがやり取りしている中に割り入むのは本当に難しいですな、はははは」
 天野のとぼけたような態度に、それまで目を伏せていた八重千代は頬を緩める。
「ふ、ふふ、蚊帳の外だなんて。先生ったら変なことを気になさるのですね」
「いえ、これが結構大事なことなんですよ。特に今の世の中はね。それより、あの男は一体何者なんでしょうか?」
「……彼は、聡文といいます」
「ああ、確かにそう呼んでいましたね」
「元々、この家の者だったのです。前々から確かに反骨的なところはありました。しかし、それでもなお私達を信じて付いてきてくれていたのです」
「ほお。まあ確かに、彼は素直な子ではなさそうだった。思春期かね」
「え、ええ、まあそんな感じかと。それが崩れてしまったのは昔、もう百数十年くらい前になるでしょうか。世に有名な維新をキッカケにして、千方院家はお暇をいただくことになりました。つまりは多くの武士だった者達と同じく自分達で生計を立てないといけなくなったわけですが、彼はそうして右往左往する一族の姿を見て、きっと嫌になったのでしょう」
「斜陽を潔しとせず、か。いえ、失礼」
「いいえ、構いませんよ。いくら取り繕っても、それが事実なのですから」
「そういえば、彼がここに来た目的は一体?」
「私を仲間に入れたかったみたいです。何処ぞに鬼の国を築いているみたいで、そこへ来ないかと誘われました」
「それだけ、か。最後に彼が言っていたことも気になるな」
「ええ。ですがいずれにしても、このまま野放しにするわけにはいきませんね」
 目を伏せる八重千代。
 その顔には深い影が落ちていた。

―― 鬼姫奇譚 第二章 終わり