鬼姫奇譚 六章:八津鏡

「門を破壊しても、何の反応もなしか。流石に薄気味悪いな」
「あるいは罠でしょうか。いずれにせよ、立ち止まっていても仕方ありません」
 中は城門の外をコンパクトにしたような造りであった。大通りにあたるものはないが、区画ごとに建物を分けているようで、碁盤の目を基盤とした造りだとひと目で分かる。
「予想してはいたが、広いな」
「街の中に街がある、といったところでしょうか。ひょっとすると、かつての大内裏以上かも」
「かつての大内裏、とは?」
「とても昔の話です。なんでしたっけ、語呂合わせのあれ。泣くよ鶯なんとやら。つまりは桓武の御世より始まりし平安の宮のことです」
「ああ、本当に凄く昔の話だ」
「いえ、そんな昔のことはよいのです。それより、どう探しましょうか? 確かに、ほのかですが何やら並々ならぬ気配を感じます」
「ざっと見、虱潰しにあたっていると数日はくだらないでしょうな。あたりを付けないと」
「それもそうですね」
 八重千代は和本を取り出す。
「この地図は便利です。こんな城の中まで網羅しているなんて」
「確かにそのようですね。ふむ、結構小さな建物が多いようだ。特に名前も記されていないような小さな所は後回しにしていいでしょう」
「では、こういった建物を中心に調べていく方がいいですかね」
 八重千代の指差した所には朝堂院、と書かれていた。
「ええ、それがいいかと思います。そして八重千代殿」
「はい」
「ここは手分けして探しませんか?」
 それを聞いて八重千代が怪訝な顔をする。
「先生。それは一体どうして」
「なに、単純な話です。効率よく回った方が見つけやすいでしょう」
「私は大丈夫ですが、先生」
「俺一人だと危険だってことですか? まさか、俺も馬鹿じゃあない。身の危険を感じていたらこんなこと言いませんよ。俺も、自分の身は可愛いですからね」
 八重千代は目を閉じて先ほどの出来事を反芻する。獣相手に斧を振るう姿。それは、およそ常人のものではなかったと八重千代は感じた。そして束の間の後、彼女は口を開いた。
「いいえ……先生一人で危険だなどと、決してそんなことはありません」
「では決まりですね。集合場所はここで、大体二時間後を目処にしてでいいでしょうか」
 天野の言葉に八重千代は頷く。
「よし、そうとなれば。こっちへ来てくれませんか」
 天野は白壁の一角まで行き、八重千代を呼ぶ。
「どうしました?」
「まあ見ててください」
 言われるがままに八重千代が来るや否や、徐ろに手をかざし、目を閉じてしばらく沈黙する。
 すると、袖から先程見た文字のような黒い物体が腕を伝って蠢き出てきた。それは、天野を中心とする周りの空間を半球状に覆い始める。
「よし」
「あの、さっきも見ましたがそれは一体」
「"フミツカミ"といいます。何、ちょっとしたまじないの一種ですよ。今俺のいるこの場所を中心にして、周囲約5メートル辺りを外から認識出来ないようにしました。要するに結界というわけだ」
「まあ、斧を出したりと多彩なことが出来るのですね。私も鬼道を嗜んでいる身なのですが、何と言えばいいのでしょう、それはもっと純粋で原始的な力、そして強制力を感じます」
「ええ、便利なんで有事には有効活用させてもらってます。ま、ほとんど日常では役に立たないような、ろくでもないものなんですけどね」
 天野は苦笑する。
「それはともかくさっさと探索を始めましょう」
「はい」
「二時間後はまたここに。後、何か分かってもそのまま突っ込まずに戻ること。そして、軽率な行動もしないように」
 天野は言い含めるように伝えた。