鬼姫奇譚 七章:わだかまり

 聡文の家は宮城のほど近い所に構えられている。屋敷と呼ぶには少し質素で、そこの主人の性格をよく表しているようであった。
「聡文さん。千代様と、あの男が来たみたいだけど」
 十畳一間ほどの応接間にひょいと呉葉が顔を出すと、聡文がそれに答える。
「分かった。呉葉君、すまないがこちらまで案内してやってくれないか。後おかしなことはしないように」
「はいはーい。安心めされよ、礼儀正しく案内いたします故」
 呉葉がにやにやしながら仰々しくさがる。しかし、却って聡文は一層不安になった。
「いや、流石に考えすぎか」
 聡文は目を閉じる。結局皆に、あの人に迷惑をかける結果になってしまった。
「全く、どうして私はこう。はあ」
「ため息はいけませんよ。色々といいものが体から抜け出ていってしまいます」
 背後から耳元で囁かれる。しばらくの間、静寂がその空間を包み込んだ。
「わっ!?」
 聡文は大きく体を反転してのけ反らせる。そこにいたのは紛れもなく八重千代であった。
「聡文。こうしてまた無事に会えたこと、嬉しく思います」
「驚かさないでください。さっき呉葉君に呼びに行かせたばかりではないですか。どうしてもうここにいるのですか!?」
 聡文の問いに八重千代はクスクスと手を口に当てて笑う。
「それは呉葉ちゃんが一芝居を打ってくれたからよ」
 その言葉で聡文は何が起きたかを理解した。そういえば、呉葉がさり際に自分の背後を見てほくそ笑んでいた気がする。
「ごめんね聡文さん。千代様に脅されたものだからつい~」
 呉葉は両の手を合わせて謝罪の意を表するが、顔は相変わらず笑っている。
「まあ、呉葉ちゃん。そうやってすぐに嘘を付く。いけませんよ、もう」
「えー。でも、頼まれたのは事実だし」
 おほん、聡文は咳払いをする。
「呉葉君もそうだが、貴方も本当に変わらないな。礼節も何もあったものではない」
「ごめんなさいね。でもこういうのは性というものですから、どうも変えられないものなのです」
「それは性ではなく悪癖というやつです。治そうという意志があればいつでも改善出来ます」
「まあ、まるで悪いものであるかのように言うのですね」
「当たり前です。悪戯が良い習慣である筈がない」
「もう真面目くさって。本当にお固いですこと。貴方も少しはユーモアというものを知った方がいいですよ」
「あの~。盛り上がってる所済まんのですが」
 呉葉の後ろから天野がひょっこりと顔を出す。
「ああ、ごめんなさい先生。私ったらつい」
 さっきまでとは打って変わって、八重千代はいかにも淑やかそうに手を合わせる。
「鬼の猫かぶり、か」
「何か言いました?」
「いいえ」
 別に遠慮されてはいないがな、天野は二人のやり取りを聞きながら思った。