ロストミソロジー 四章:影、暗雲

「おかしい」
 望月は呟いた。ここ数日、天野からの連絡が一切ない。元々、連絡をこまめに入れるような男ではなかったが、珍しく積極的にさやのことを調査し始めたのだ。そろそろ何かしらの調査を入れる頃合いの筈。
 望月は社務所の入り口付近にある電話機に手をかけた。天野の電話番号を押していき、電話がかかるのを待つ。しばらく待つと、「はい、もしもし。天野だ」という呑気な返事が帰ってきた。
「天野君、今何処で何をしているの?」
「何だ、いきなりどうしたんだ」
「何も連絡をよこさないから心配したんじゃない」
「そうは言ってもな、いつもそんなに連絡なんかしてないじゃないか」
「まあ、それはそうだけど。いいえ、そんなことより貴方今何処で何をしているの?」
「何処って、市内某所でお茶を啜ってるよ」
「はあ、そう。ねえ、ところで何で神社に顔を出さないの?」
「今ちょっと立て込んでて忙しいんだ。落ち着いたらまた顔を出すさ。それより、さやちゃんの様子はどうなんだ」
「特に変わったところはないわ。いつも通りよ」
 事実さやは相変わらずであった。最近は家事に励んでおり、望月は全部はしなくてもいいと言ったが、さやは「いえ、居候の身なのですから、これくらいはやります」と言って聞かない。彼女はどうやらこれまで家事らしい家事はやってこなかったのだろうと思われ、何をするにも最初はぎこちなかったが、要領がいいのか、あっという間にコツを掴み、やり方を覚えていった。
「もしここで引き取るようなことになったら、ちゃんとした教育を受けさせてあげないといけないけど。それにしてもあの子ね、驚くほど頭いいわよ。将来が楽しみね」
「ああ、そうか。何もないようで何よりだ」
「え? どういうこと?」
「じゃあまたな。その内また顔を出すから、こっちから連絡する」
 そう言うや否や、望月が取り付く島もなく天野は電話を切ってしまった。
 ツーツーと相手不在の信号が鳴る中、望月は天野の態度が妙に引っかかっていた。
 何もないとは一体どういうことなのか? それについて考えるよりも早く、インターホンが鳴った。
「はい、どちら様でしょうか?」
 望月が玄関に降りて引き戸を開ける。そこに居たのは、スーツを来た若い青年であった。長身かつスーツの上からでも分かる程均整の取れてた体つきをしていて、いかにも日本男児という言葉がしっくり来る男である。
「突然の訪問、失礼いたします。私は弓司庁の日向宗一郎という者です。この度、とある人物を探しにこちらに参りました次第です」
 堅苦しい挨拶と共に頭を下げる。望月はその男の容姿に一瞬目を奪われてしまったが、すぐに我に帰った。
 弓司庁。異界騒ぎに対して、特にその影響が深刻であると認識されたものに対処するための機関。国に半ば召し抱えられているとはいえ、客士があくまで民間団体であるのに対し、ここは純粋な国の組織として担われている。ただし、"怪異"などという世間的にあやふやな存在に対処するための組織であるという性質上、世間には公にはされておらず、その存在を知っている者もごく一部である。
「これはどうも丁寧に。日向さん、立ち話でもなんですから、とりあえず上がってください」
「いえ、急な訪問で申し訳ありません。ここで結構でございます」
「遠慮なさらずに。むしろそこに立っていらっしゃったままでは私も困ってしまいます」
「は、失礼いたしました。それでは、お言葉に甘えて」