ロストミソロジー 五章:少女と夕日

 二階建ての北宮神社の社務所は大きく分けて共用スペースと神職の者が寝泊まりするための居住スペースの二つが存在する。共用スペースはその名の通り共用で利用出来る空間のことであり、普段客士が出入りしている広間もこちらに置かれている。一方で、居住スペースは神官である望月が普段の生活をするのに利用されているもので完全にプライベートな空間であり、それ故居住スペースは神域ではないとされる。この二つのスペースを明確に仕切るためのシンボル、つまり鳥居のようなものは存在しないが、渡り廊下によって分けられていることでそれとなく境界が示されている。
 弓納は珍しくその居住スペースの方に足を踏み入れた。今まで入ったことは数える程しかなかったが、さやがここに来てから何度か行く回数が増えたなあ、などと弓納は思った。そうは言っても、特にこれといって興味を引く何かがあるわけでもなく、共用スペースと対して変わりない構造である。ただ気になるのは望月の部屋であったが、そこに無断で入れば例え弓納であっても彼女は容赦なく恐ろしい仕打ちを与えるであろうことは容易に推測出来た。
 二階の階段を登り、南に面したさやの部屋の前で弓納はコンコンとノックをする。どうぞ、と中から声がしたので弓納は開き戸を空けて中へ入った。
「どうしたの、小梅?」
 さやは中に入ってきた弓納に言った。部屋は質素な割に女の子らしく、窓際には可愛らしい熊のぬいぐるみや今時の女子高生が置いているようなシュールなキャラクターが鎮座していた。
「うん、ちょっとさやの様子が気になっちゃって」
「私? 全然元気だよ」
 そう言って屈託なく笑ったかと思うと、少しだけ目を伏せた。
「なんてね。何かね、元気は元気なんだけど、ちょっと不安なんだ」
「さや」
「小梅。昨日の夜さ、何かあった?」
「え」
 弓納は一瞬硬直した。あの時、さやは目覚めたけど、明らかに寝ぼけていた。起きた時もそうだ。真夜中の出来事を覚えている気配はなかった。
 でも、さやは薄々感づいているんだ。
 何もなかったといえば嘘になる。だけど、話したところで、さやが心配するだけだ。
「ううん、何もなかったわけじゃないかな」
「やっぱり」
「でもさやが気にするようなことじゃないと思うよ。ちょっと夜中に騒いでいる人がいたから、それを懲らしめにいっただけだし」
 弓納はそれとなく誤魔化した。あんな夜の出来事を知らないなら、知らないままでいい。彼女をそんないらないことに巻き込みたくはない。
「そっか、それならよかった」
 そう言った後、さやはハッとして「いや待って」と一人呟いた。
「いやいや、よくはないよ。懲らしめにいったって穏やかじゃないと思うんだけど」
「それは大丈夫だよ。近所の斎藤さんっていう腕っぷしの強いおじさんと一緒に行ったし」
「何だ、一人で行ったのかと思ったよ」
「あはは。それよりさや、お腹空かない?」
「あー」
 さやはお腹をさする。
「凄く、お腹が空きました。そういえばもう二時だもんね」
 壁にかかった時計を見ながらさやは言った。
「じゃあ下で何か適当に作るね。あまりちゃんとしたものは作れないけど」
「私も作る。いやむしろ私が作るよ」
「ええと、じゃあ一緒に作ろっか」
「賛成!」