ロストミソロジー 六章:炎の巨人

「は~む。うんうん、よい、よい!」
 中心駅である菅原駅から北に広がる旧市街、その一角にある喫茶店「あんくる」にて、勘解由小路は呑気にイチゴの載ったショートケーキを頬張っていた。
「労働の後のご褒美は格別ね。これだからお勤めは楽しい」
 横にあるコーヒーに角砂糖を二つ入れ、カップを口に持っていく。
「さてさて」
 勘解由小路はメモ帳を広げてそこにペンを走らせる。
 自分の縄張りで天野を逃してしまった後、勘解由小路は市内散策を満喫しつつ、さやを置いて天野の探索を優先していた。先ずは可能性の高い大学を当たってみたが、流石に昨日の今日だからか大学には顔を出していなかった。次に一般人を装って北宮神社なる場所に足を踏み入れてみたが、どうやらそこにもいないようだった。
 すぐに万策尽きてしまったが、勘解由小路は特にそれを気にしてはおらず、むしろ、その状況を喜々として受け入れていた。
 探偵ごっこ、その言葉は単純明快な彼女の胸を熱くした。何気ない痕跡が何処かに在るはず。その手がかりを探し出して、あぶり出してやろう、勘解由小路は心に誓っていた。
「はー、エネルギーよし。さて、再開しますかね」
 勘解由小路晴は店を後にして夕暮れに染まる通りを歩き出す。
 関東の高校に通う高校生である。よって、平日である本来は学業に励むべき時であるが、彼女は高校に家庭の都合ということで少しの間休学届けを出していた。実際の所、当たらずも遠からずといった所であったが、彼女は仕事とはいえ息抜きも兼ねてと折を見てはしょっちゅう街の散策に興じていた。
「おや」
 前方の通り沿いにある小さな広場。そこのベンチに小学校低学年程度の女の子が泣いていた。
 勘解由小路は栗色の髪をした少女の傍へと歩いていく。
「どうしたの、お嬢さん」
「ひっく、ひっく。あのね。お父さんに会いに来たのだけど、迷っちゃって」
「ああ、それは不味いね。お嬢ちゃん、名前は?」
「さかしたゆき」
「じゃあゆきちゃん、携帯とか持ってないかな?」
 少女は首を横に振る。この頃は安全のために子供に携帯電話を持たせる家庭も増えてきたが、どうやらこの子は持ってはいないらしい、と勘解由小路は一人納得した。
「さてさて、どうしたものか」
 うーん、と唸る。そうして考えあぐねていると、少女が勘解由小路の袖を弱々しく引っ張った。
「あの、大学」
「へ、大学?」
 勘解由小路が言うと、少女は「うん」と小さく頷いた。
「すがわら大学、に行きたいの。そこでお父さんきっと待ってるから」
 すがわら大学、勘解由小路は自分の知識を総動員させる。確か、市内にある大学だった筈。
「菅原大学ね。それって海の方と山の方、あと街中にもあると思うのだけど、何処に行きなさいってお父さん言ってたかな? 分かる?」
 菅原大学のキャンパスは市内に点在しており、海岸沿いと山の手、そして街中の三つが存在する、と勘解由小路の知識は訴えていた。どこかに間違えて行ってしまうと多大な時間の無駄になるので、出来れば、どれかは絞り込んでおきたい。キャンパスまで行ってしまえば、駐在している守衛の人なりに伝えれば自ずと父親と落ち合えるだろう、勘解由小路はそんなことを頭の中で巡らせる。
 少女は少し弱々しい口調で言った。
「えさきキャンパスって言ってた」
「ふむふむ、えさきキャンパスね」
 確かそこは海に面したキャンパスで研究施設ばかりの所だった筈、と勘解由小路は自らの知識を再び手繰り寄せる。
「よし、そこまで来れば分かるかも。お姉さんに任せなさい。菅原大学よね。そこまで連れてってあげるわ」
「い、いいの? お姉ちゃん」
「大丈夫大丈夫。大船に乗った気でいなさいな」
「うん、ありがとう!」
 少女は満面の笑みをその顔に浮かべた。