ロストミソロジー 七章:襲撃

「小梅ちゃん!」
 神社の境内に入るなり、望月と天野はその姿を探した。あたり一面を見回してみたが、何処にも彼女の姿はなかった。
 移動したのだろうか。そう思った時、ふと、その一点が目に飛び込んだ。社務所の入り口、その脇の壁と地面には血が飛び散っていた。
 背筋を汗が伝っていく。望月は天野を境内に残し、戸を開けて中に入った。
 中はこれといって荒れた様子はない。ただ、ぽつぽつと血痕がまばらにあるくらい。その血痕を辿るように廊下を行くと、それは広間へと続いていた。
 障子を開けた。いつも聞いているその戸を開ける音が今は嫌に耳に響く。
「小梅ちゃん」
 目に飛び込んだのは、ボロボロに崩れた壁に力なくもたれかかっている弓納であった。
 下腹部の辺り、そこに大きな染みが出来ている。それを見た望月は自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。
 望月が側によると、それに気付いたのか、弓納が声の方を振り向いた。その顔には飛び散ったと思しき血が貼り付いていた。
「う、望月さん。すみません。神社、汚しちゃいました」
「そんなこといいから、今は治療よ」
「いえ、大丈夫、です。応急処置はやりましたから、後は自然治癒で。それより、すみません。どうしても眠気に勝てないので、先に伝えておきたいこと、あります」
「そんなこと言ったって」
「私は大丈夫です。信じて、ください」
「……分かったわ」
「さっき伝えましたが、さや、攫われちゃい、ました」
「ええ。そのようね」
 こんな状況にも関わらず、さっきからさやの気配が全くしない。それは、さやに何かあったということの証左であろう。
「攫った、のは、多分、昨日さやを襲った、黒い化け物、です。境内で迎え撃った後、一旦追い払ったと思ったのですが、その後、太さんに変装した、その化け物に不意打ち受けちゃい、ました」
「変装?」
「はい。声も容姿も、全部その人のままでした。気を付けて、ください。妖怪か人か、よく分からなかったのですが、少なくともあれはきっと、外面だけなら、何にだってなれちゃいます」
「ええ、ありがとう」
「後、もう一つだけ。上手くないなりに、尾行用の呪術紙で、どっちに向かったか、は掴めました。途中で気付かれて燃やされてしまった、から、正確な位置は掴めませんでした。でも、山、御笠山の方、行きました」
 御笠山。そこから眺める街の夜景が美しいことで知られる標高七百メートル程度の山。今でこそ市民の憩いの場や絶景観光スポットとして知られているが、ここはかつては霊峰として崇められており、修験道などの修行地で有名な場所であった。
「ごめんなさい、望月さん。さやを、助けて、あげてください」
「そのつもりよ、小梅ちゃん。こんな形での別れなんて認めない。別れるにしたって、最後はちゃんとあの子に決めさせてあげないと」
「ありがとうございます。すみません、もう、駄目。一旦休み、ます。何日かくらい、起きないか、も」
 そう言って、弓納は目を閉じてすやすやと寝息を立て始めた。
「おやすみ、小梅ちゃん」
 着替えと布団を持ってこないと、そう言って望月は広間を出た。