ロストミソロジー 十二章:異界化

 二人は神社に停めていた天野の車で霧の発生源である港地区に向かうことにした。夜道をヘッドライトが照らしながら走っていく中、弓納は外の様子を確認する。
「不可解ですね」
「何がだ」
「あんな霧状の塊が港方面に出来てるのに街はいつも通りな感じです。いえ、もう深夜ではあるのは分かっているのですが、道を歩いている人も特にこれといって様子に変化はありませんし」
「そんなもんだろ。この辺りは若干離れてるし、加えて建物で見えづらいってのもある。何より皆帰るのに忙しい」
「そんなものですかね」
「ついでに言うとだ、今聞いてるラジオのニュースでも特に被害が出たとかいう話はしていない。まあ、まだ報道されていないだけ、ってことも考えられるが」
「……もしそれをさやがやってたなら」
 弓納は俯く。
「まだ決まったわけじゃないだろう。落ち込むんなら、それが彼女の仕業だと確定した時だ」
「そう、ですね」
 ふと、天野は携帯電話がバイブレーションしていることに気付いた。
「すまん、弓納。俺の代わりに出てくれないか」
「え、はい」
 天野は片手で内ポケットから携帯を取り出し、弓納に渡す。弓納はそれを両手で受け取って電話に出た。
「もしもし」
「え、女の子の声。ははあ、成程」
「えっと、私は弓納って言います。天野さんは今車を運転中で出れないので代わりに電話に出てます」
「ん? 弓納さん。ああ、客士の子か。なあんだ、恋人かと思ったよ」
「ははは」
 弓納は反応に困り、思わず苦笑いする。
「はじめまして。私は勘解由小路晴。私のことは天野のおじさんから聞いてるかな」
「はい。色々とお聞きしました」
「じゃあ話が早い。港地区で起きてる現象だけど、私達は総出で調査することになりました。ぶっちゃけちゃいますと、現段階ではあれが何なのかこっちでもてんで検討がつかないです。只の自然現象なわけないし、かと言って、ここらでそんな催し物をするとかいう話も聞いたことがない。で、ここからが本題です」
「はい」
「調査にあたって、天野殿、弓納殿の両名に協力をお願いします。しかしこれは強制するものではありません。本件は本来協働すべきであった件とは異なっていますし、あの中身がどうなっているのかなど、不明な部分が多数あります。そして少なくとも、これに神霊ないしはそれに類する存在が関わっていることは間違いないでしょう。さて、如何でしょうか?」
「元より協力するつもりです。私達にも調査させてください」
 弓納がそう言うと、ふふ、と電話の向こうの女の子は笑った。
「えと、何か可笑しなことを言ったでしょうか?」
「いやいや。よく考えてみると改まってお願いしてるの可笑しいなー、って思って。だって貴方達は何といおうと、行くっていうの目に見えてたし」
「はあ」
「それと畏まらずタメ口でいいよ。同い年っぽいし」
「はい、あ、いえ、うん」
「んじゃ、集合場所言っとくね。場所はポートタワー近くにあるホテルオーハラの一階ロビー。集合時間は特になし」
 まるで遠足にでも行くかのように勘解由小路は言った。弓納は緊張感のない女の子だなーと思いながらも、その取っ付きやすさにどことなく親しみを覚えた。
「持ち物は各自必要なものを。こんなもんかね。何か質問ある?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう、晴ちゃん」
「よろしい。んじゃあまた後でねー」
 電話が切れた。弓納はそれを天野に渡そうとしたが、天野はそれを手で制した。
「すまん、携帯電話はそのまま持っててくれ。それで、何だって」
 弓納は天野に集合場所等のことを伝える。
「なるほどな。ま、兎に角行くしかないってことだな」