鬼姫奇譚 二章:考本

 世の中には本を愛好するビブリオフィリアなる人物が存在する。彼らは大抵本を読むことに飽き足らず蒐集することにも喜びを見出しており、稀覯本を求めては自らのコレクションに加えていく。他人からすれば理解に苦しみ、時に忌み嫌われるこの行為だが、それでも酔狂な愛書家にとっては生きがいそのものであり、そこにエクスタシーまで感じる者も多いという。
 日夏の曽祖父もそうしたビブリオフィリアの一人であった。曽祖父は一時期欧州諸国を遍歴していた時期があったが、例にもれず、時間を見つけてはあちらの本を蒐集し、読んだり愛でたりしていた。
「で、そのひい爺ちゃんの蔵書の一つがなくなってしまったのだけど、それを探すのを手伝ってほしいの。凄く大切なもの」
「あの、それって」
「何?」
「私である必要はあるのでしょうか? あ、いえ、手伝いはします。だけど、他の人には頼まないんですか?」
 弓納の問いに日夏は首を振る。
「駄目よ」
「それは何故?」
「普通の本じゃないから」
「確かに日本で洋書は普通の本ではないですね」
「いいえ違うわ、そうではないの」
「別の理由が?」
「うん」
 日夏はこくりと頷く。
「その本はね、生きてるの」
 弓納は一瞬我が耳を疑った。
「生きてる、本が?」
「そう、生きてる。比喩じゃないわ。そのままの意味よ」
「……付喪神?」
「いいえ、付喪神とは違うわ。だって、"その本は最初からそういうつもりで生み出された"ものだから」
「そんなことってあるんですね」
「うん、ひい爺ちゃんはそれを奇書と呼んでいた。どこかの魔法使いが書いたらしいんだけど、詳しくはよく分からない。有り体に言えば出所不明の本なの」
「ミステリアスですね。無くなったのはまたどうしてなんでしょうか?」
「それが分からないの。"ひい爺ちゃんの書斎には泥棒も絶対入れないし"、でも」
「でも?」
「案外、本が自分で出て行っちゃったのかも」
 何せ生きているもの、日夏は少し可笑しそうに言った。