飛梅

―― 北宮神社 社務所

天野「なんだって化け狐が商売なんかを」
四十川「狐じゃありません。鷽ですう」
普段着に身を包んだ四十住はおろおろしながら答える。
天野「ほうそうだったのか。こいつはうっかり。いや、そういう問題ではない」
四十川「ちゃんと許可も取ってあります! ほら、この通り」
四十川はバッグからクリアケースに入った書類を取り出して天野に翳す。
四十川「なんでしたら、お役所に確認を取ってもらってもいいですよ」
天野「ふ~む。嘘を言っているわけでもなさそうだな」
書類を凝視しながら天野は唸る。
天野「だが、役所は君が人じゃないことを知っていたのだろうかね……?」
四十住「え、それはー、その」
天野「まさか君の素性を細かく調べんだろうし。もし君のことが分かったら――」
四十川「どうかこの通り多めにみてください!」
四十川は勢い良く土下座する。
四十川「私はちゃんと真っ当に働いていますし、年貢もとい税金だってしっかりきっかり払ってます!! それとも貴方は人間じゃないからってだけでとりあえず排除する鬼畜教師!!?」
天野「おい人聞きの悪いことを言いなさんな」
こんなことを望月に聞かれたらまた話のタネを提供してしまう。天野は思わず心の中でげんなりとした。
天野「なあ四十住君」
四十住「はい」
四十住はうるうるした瞳で天野を見るが、天野は目が合った途端に顔をそらしてしまう。
天野「その、審査は厳しいが、妖怪でも正式に飲食の許可を取ることは出来る。別にあるんだよ、そういうとこが」
四十住「へ、そうなのですか」
天野「ああ。やましいことがないなら問題ない筈だ。それに、俺もこんなことで折角の美味しい弁当を失いたくないからな」
それを聞くと、それまで困惑していた四十住の表情が光に照らされたかのように明るくなった。
四十川「ありがとうございます先生!」
天野「おいやめなさい。抱きつくんじゃない」
天野君いるー? 廊下の向こうから凛とした声が聞こえてきた。
少しずつ足音が近づいてくる。
天野「ま、待った」
望月「あ、いたいた。天野く」
望月の視線が上から下へとゆっくりと流れていく。
天野「誤解するなよ望月。これはな」
望月「あら、ごめんなさいね。お邪魔しちゃった?」
優しい声だが、特に目は笑っていない。
天野「違うからな。太君とか弓納君に言うなよ」
望月「それじゃあ、用件は後からね」
天野「待て。お前わざとだろ」
望月「ああ、それと」
望月は踵を返す。
望月「神聖な神社での睦言はほどほどに」
天野「お、おい。おいおいおいおいっ!」
天野はおろおろするが、望月は聞く耳を持たないとばかりにその場を後にしてしまった。
天野「もう、好きにしてくれ」
疲れきった表情で天野は項垂れた。

――小噺 飛梅 終わり