坂上はふと横に目をやると、少しぎょっとした。坂上の視線の先には、いつの間にか髪を後ろにまとめたポニーテールの女が立っていたのだ。
 女は表情の読み取れない顔で凄惨な現場の方を見やる。
「大惨事ね。車の所有者が欲のないお金持ちで車マニアでないことを祈るばかりだわ」
「あんた、いつからそこに?」
 坂上が尋ねると、女はゆっくりと坂上の方を振り向いた。
「あら、ついさっきよ。どうかいたしました?」
「いいや、何でもない」
 坂上は再び車の方を見やる。相変わらず警察の調査が行われているが、特に何か進展した様子はなさそうである。
「貴方、さっきから随分と熱心に見ているようだけど、もしかしてあの車の持ち主?」
「違う。そもそも俺はあんな気取った車なんて持つような柄じゃねーしな」
「じゃあ持ち主の関係者?」
「それも違う」
「そう」
「逆に聞くが、あんたは何故ここに来た?」
「只の野次馬よ。ちょうど人が少なくなってるようだったから来てみたの」
「ほう。わざわざ人がいなくなる時間を狙ってでもこれを見たい理由があったのか」
「大した理由なんてないわよ。たまたま通りかかったから見てみたかっただけ。それにおおよその原因は分かったんでしょう? それならすぐに只の陳腐な事故の一つになってお終い、でしょ」
「どうだか」
「あら、警察のご英断に何か不満でも?」
「何か含みを感じる言い方だが、まあいい。少しだけな。警察が導き出しつつある判断は常識的で真っ当だが道理に適っていない」
「じゃあ貴方の考えは?」
「道理にかなっているが幼稚で非常識で真っ当な人間の考えじゃない」
「ふーん。その心は?」
「"妖怪の仕業"、じゃあないのかね」
 坂上は女を見据える。女は相変わらず表情の読み取れない顔で坂上を見ていたが、突如ぷっと吹き出した。
「なるほど、たしかにトンデモね」
「はは、そうだろ。傑作だろ。ところで」
「何かしら」
「あんた何か知ってるんじゃないか」
 束の間の間、二人は沈黙する。そして女が口を開いた。
「まさか。事故なんてものは道理に叶っていないものも多いでしょうに。大事なことは道理に叶っているかではなくて真実ではなくて? それでは御機嫌よう、刑事さん」
「おっと待ってくれ」
 女は踵を返して去ろうとするが、坂上は呼び止める。
「後学までに聞かせてほしい。あんたの名前は?」
「望月、望月詠子よ。貴方は?」
 女は振り返ってそう告げた。
「坂上だ。坂上護」
「そう。坂上さん。また会うことがあればよろしくね」
 そう言い残して、女は静かな足取りで去っていく。
「ふう。どうして人っていうのは秘密主義が多いのかね」
 一人残された坂上は吸い込まれそうなほど暗い虚空に向かってボソリと呟いた。

 坂上はふと横に目をやると、少しぎょっとした。坂上の視線の先には、いつの間にか髪を後ろにまとめたポニーテールの女が立っていたのだ。
 女は表情の読み取れない顔で凄惨な現場の方を見やる。
「大惨事ね。車の所有者が欲のないお金持ちで車マニアでないことを祈るばかりだわ」
「あんた、いつからそこに?」
 坂上が尋ねると、女はゆっくりと坂上の方を振り向いた。
「あら、ついさっきよ。どうかいたしました?」
「いいや、何でもない」
 坂上は再び車の方を見やる。相変わらず警察の調査が行われているが、特に何か進展した様子はなさそうである。
「貴方、さっきから随分と熱心に見ているようだけど、もしかしてあの車の持ち主?」
「違う。そもそも俺はあんな気取った車なんて持つような柄じゃねーしな」
「じゃあ持ち主の関係者?」
「それも違う」
「そう」
「逆に聞くが、あんたは何故ここに来た?」
「只の野次馬よ。ちょうど人が少なくなってるようだったから来てみたの」
「ほう。わざわざ人がいなくなる時間を狙ってでもこれを見たい理由があったのか」
「大した理由なんてないわよ。たまたま通りかかったから見てみたかっただけ。それにおおよその原因は分かったんでしょう? それならすぐに只の陳腐な事故の一つになってお終い、でしょ」
「どうだか」
「あら、警察のご英断に何か不満でも?」
「何か含みを感じる言い方だが、まあいい。少しだけな。警察が導き出しつつある判断は常識的で真っ当だが道理に適っていない」
「じゃあ貴方の考えは?」
「道理にかなっているが幼稚で非常識で真っ当な人間の考えじゃない」
「ふーん。その心は?」
「"妖怪の仕業"、じゃあないのかね」
 坂上は女を見据える。女は相変わらず表情の読み取れない顔で坂上を見ていたが、突如ぷっと吹き出した。
「なるほど、たしかにトンデモね」
「はは、そうだろ。傑作だろ。ところで」
「何かしら」
「あんた何か知ってるんじゃないか」
 束の間の間、二人は沈黙する。そして女が口を開いた。
「まさか。事故なんてものは道理に叶っていないものも多いでしょうに。大事なことは道理に叶っているかではなくて真実ではなくて? それでは御機嫌よう、刑事さん」
「おっと待ってくれ」
 女は踵を返して去ろうとするが、坂上は呼び止める。
「後学までに聞かせてほしい。あんたの名前は?」
「望月、望月詠子よ。貴方は?」
 女は振り返ってそう告げた。
「坂上だ。坂上護」
「そう。坂上さん。また会うことがあればよろしくね」
 そう言い残して、女は静かな足取りで去っていく。
「ふう。どうして人っていうのは秘密主義が多いのかね」
 一人残された坂上は吸い込まれそうなほど暗い虚空に向かってボソリと呟いた。