「まるで狐につままれた気分だ」
 社務所の壁にもたれかかりながら開口一番に天野は言った。頬に絆創膏を貼った彼は腕を組んではいるものの、しきりに右腕や脇腹をさすっている。
「実際、狐だったんでしょう?」
 天野の惨状とは裏腹に、座布団に座って呑気に茶を啜りながら望月は言った。
「まあな。あの給仕、突然尻尾を一杯生やすもんでつい見とれてしまってな、このざまだ」
「ちなみに何本生えていたの?」
「9本だったかな、いや、4本、だったか?」
「結構数に開きがあるようだけど」
「あーあれだ。それは多分、尻尾の数をその都度変えていたんだよ。きっとそうだ」
「まあいいわ、尻尾の数なんて」
「それよりどうしたもんかね。こんなんじゃ大学に行こうにも行けん。はあ、困ったもんだ」
 大げさに顔を覆う天野を望月は呆れたよう目で見る。
「全く、ちょっと擦り傷を作っただけじゃない。そこまで深刻じゃないでしょう? 」
「望月さんよ。俺はな、あんたと違って文化的な生き物なんだ。だからこれくらいの傷でも一大事さ」
 得意げに語る天野。望月はそれを聞いて薄い笑みを作りながら立ち上がる。
「へえ、言ってくれるじゃない。それじゃあ、貴方がやむを得ない事情で休暇を申請出来るように私が手伝ってあげる」
「ああいや、さっきのはなんだ、ちょっとした言葉の綾というかだな。まあ落ち着きなさい、望月さ、あっ! いてえ」
 望月は天野の手首をねじりあげる。
「あら、随分気持ちのよさそうな声をあげるじゃない。やっぱり天野君は真性のマゾヒストねえ」
「わっ! ふ、二人共、何やってるんですか!?」
 部屋に入ってきた太が眼前の光景に目を丸くする。望月は太の姿を認めると、慌てて天野から離れて元いた座布団に座る。
「コホン。太君、大したことじゃないから気にしないように」
「助かった太君、君がいなかったらこの……いや、まあ大したことじゃないから君が気にする必要はない」
 望月にニッコリと笑みを向けられ、天野は静かに言った。
「そうですか、それならよかった。――あれ、弓納さんは?」
「小梅ちゃんならそこに」
 望月が部屋の一角を指し示す。そこには、仰向けになったまま弓納がすやすやと寝息を立てていた。
「昨日の件で疲れてたのよ。だいぶ体力を使ったみたい」
「ま、正直弓納が加勢してくれたのは助かった。結局逃げられてしまったが」
「……凄いですね。普段はおっとりしているのに」
「まあ、弓納も伊達に客士をやってきたわけじゃないからな。それより、方針はどうする」
「そうね、先ずは状況をまとめないと」
 望月は天野と太を座卓に集めて、卓上に広げていたメモ書きを二人に見せる。
「最初に、大鯰の件。これは疑いようもなく生野綱を狙った者の仕業。また、最近市内で頻発している怪事件は生野綱とそうした曲者の小競り合いの結果起きたものね。では何故彼は狙われたのか? 理由は簡単。『真統記』を所持していることが判明したから。ここまでで何か質問はない?」

「まるで狐につままれた気分だ」
 社務所の壁にもたれかかりながら開口一番に天野は言った。頬に絆創膏を貼った彼は腕を組んではいるものの、しきりに右腕や脇腹をさすっている。
「実際、狐だったんでしょう?」
 天野の惨状とは裏腹に、座布団に座って呑気に茶を啜りながら望月は言った。
「まあな。あの給仕、突然尻尾を一杯生やすもんでつい見とれてしまってな、このざまだ」
「ちなみに何本生えていたの?」
「9本だったかな、いや、4本、だったか?」
「結構数に開きがあるようだけど」
「あーあれだ。それは多分、尻尾の数をその都度変えていたんだよ。きっとそうだ」
「まあいいわ、尻尾の数なんて」
「それよりどうしたもんかね。こんなんじゃ大学に行こうにも行けん。はあ、困ったもんだ」
 大げさに顔を覆う天野を望月は呆れたよう目で見る。
「全く、ちょっと擦り傷を作っただけじゃない。そこまで深刻じゃないでしょう? 」
「望月さんよ。俺はな、あんたと違って文化的な生き物なんだ。だからこれくらいの傷でも一大事さ」
 得意げに語る天野。望月はそれを聞いて薄い笑みを作りながら立ち上がる。
「へえ、言ってくれるじゃない。それじゃあ、貴方がやむを得ない事情で休暇を申請出来るように私が手伝ってあげる」
「ああいや、さっきのはなんだ、ちょっとした言葉の綾というかだな。まあ落ち着きなさい、望月さ、あっ! いてえ」
 望月は天野の手首をねじりあげる。
「あら、随分気持ちのよさそうな声をあげるじゃない。やっぱり天野君は真性のマゾヒストねえ」
「わっ! ふ、二人共、何やってるんですか!?」
 部屋に入ってきた太が眼前の光景に目を丸くする。望月は太の姿を認めると、慌てて天野から離れて元いた座布団に座る。
「コホン。太君、大したことじゃないから気にしないように」
「助かった太君、君がいなかったらこの……いや、まあ大したことじゃないから君が気にする必要はない」
 望月にニッコリと笑みを向けられ、天野は静かに言った。
「そうですか、それならよかった。――あれ、弓納さんは?」
「小梅ちゃんならそこに」
 望月が部屋の一角を指し示す。そこには、仰向けになったまま弓納がすやすやと寝息を立てていた。
「昨日の件で疲れてたのよ。だいぶ体力を使ったみたい」
「ま、正直弓納が加勢してくれたのは助かった。結局逃げられてしまったが」
「……凄いですね。普段はおっとりしているのに」
「まあ、弓納も伊達に客士をやってきたわけじゃないからな。それより、方針はどうする」
「そうね、先ずは状況をまとめないと」
 望月は天野と太を座卓に集めて、卓上に広げていたメモ書きを二人に見せる。
「最初に、大鯰の件。これは疑いようもなく生野綱を狙った者の仕業。また、最近市内で頻発している怪事件は生野綱とそうした曲者の小競り合いの結果起きたものね。では何故彼は狙われたのか? 理由は簡単。『真統記』を所持していることが判明したから。ここまでで何か質問はない?」

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