鬼姫奇譚 三章:遺恨

「首尾よくいきましたな、聡文殿」
 寝殿造りを思わせる建物。その中心にある砂利を敷き詰めた吹き抜けの広場で、トレンチコートを着こんだ髭面の大男が聡文に語りかけた。
「ええ、夏羽(なつばね)さん。それも怖いほど容易く。こうも上手くいくと、かえって何かあるのではないかと不安になってしまいます」
「考えすぎだ。何事も易く済むに越したことはないだろう」
 少し心配気味に言う聡文に、鈍色の羽織を羽織った痩身の男が諭すように言った。
「大岳さん」
「根拠がない不安に駆られる必要はない。気にするべきは目の前で起きている障害、そして、将来起こりうるであろう障害だ」
「確かにそうですね。私も、上手く行ったことを素直に喜ぶ余裕を持たねば」
「でも、あの人は結局ついて来てくださらなかったのねっ!」
 その場に似つかわしくない赤毛の女の子がそそくさとやってきて、聡文に問いかける。
「呉葉君。もう、いいのだ」
「えー。よくない」
「仕方あるまい。あの当主様はそういうお方だ。もとより駄目で元々であっただろう」
 聡文を庇うように大岳は呉葉と呼ばれた少女を宥める。しかし呉葉は不服そうに眉を顰めた。
「そう? 私はそうではなかったよ。あの人なら来てくれると思ったのになあ」
「まあまあ、その話はここまでにいたしましょう。聡文君もお困りであろう」
「いえ、いいんです。むしろ、かつての自分の身内をかようなまでに快く思っていただけたこと、真に嬉しく思うばかりです」
「聡文さん……」
「では、例の物を天壇へ」
「はい」
 聡文は広場の中央奥に立つ石造りの祭壇へと歩を進めた。そして祭壇の中央で、漆塗りの箱から取り出された紫に金地のあしらわれた包を解くと、古代の造形を思わせる神鏡が出てきた。
「いよいよ、ですな」
「うん。わくわくするね」
 聡文が祭壇中央に据え置かれている台の窪みに鏡をはめ込む。すると、台からは徐々に白い清流のようなものが流れ出した。
「ふふ」
 これでようやく、か。聡文からは、自然と笑みが漏れていた。

―― 鬼姫奇譚 第三章 終わり