異界手帖 十二章:多分、それは些細なきっかけだったけど

「く、うう」
 御しきれない程の光の奔流が襲い掛かってくる。立っているがやっとなくらいだ。
 もうどれくらいの時間が経ったのだろうか? 十分だろうか、それとも二十分だろうか。いや、それはあくまで自分の感覚でしかない。本当の所、十数秒くらいしか経っていないのであろう。
 怖い。自分というものが否定されていくようなこの感覚。多分、前にも味わったことがある気がする。ずっと大昔のことなのだけど、でも、あの時は皆がいた。だから、乗り越えることが出来た。
 でも、今は一人だ。誰も私を支えてくれる人はいないし、誰も助けてくれる人はいない。だけど、耐えないと。私が撒いた種なんだ。私がなんとかしないと。
 ……でも。
 ……でも、やっぱり誰か傍にいてくれないかしら。怖い、寂しい。負けてはいけないと分かっているのに、今にも押しつぶされてしまいそう。誰か、誰か。
「お姫さん。お待たせして申し訳ないね」
 少女の肩に大きな逞しい男の手が添えられる。少女は目を見開き、少しだけ俯いた。
 それまで我慢していた涙が堰を切ったように零れ落ちていく。
「何で、こんな所にいるのよ」
「それは当然だろう。娘が頑張ってるってのに呑気に畳の上で胡坐をかいてられるか。俺はこれでもやる時はやる男なんだよ」
「馬鹿ね、娘だなんて。あの時、あの竹林の祠の前で拾っただけじゃない」
「キッカケはそうだったさ。別に血のつながりもないけどよ。だけど、お前が娘でよかったって思ってる。ありがとな、俺の娘でいてくれて」
「私を娘にしたのは貴方じゃない。本当に変な人ね」
「変な人って、お前なあ」
「……ありがとう、お父さん」
「ああ」
「ねえ、お父さん」
「何だ?」
「我が儘、聞いてくれる?」
「ああ、勿論だ」
「このまま私のこと、支えていてくれないかしら?」
「何だ、そんな事か。お安い御用だ」
「ありがとう。愛してる、お父さん」
「俺もだ」
 少女は門へ閉じるために全身全霊の力を込める。
 相変わらず押しつぶされそうな光の奔流だけど、出来る。
 だって、私にはこの人が付いているのだから。