鬼姫奇譚 五章:仙涯境

 岩山によって周囲を囲まれた盆地。そこには外界と変わらず陽の光が天上に登っている空がある。天野達の出てきた入り口は小高い丘の上にあるようで、盆地を一通り見渡すことのできる場所であった。
 眼下には街が広がっており、碁盤の目状を基調とした街は、それだけを見れば秩序というものを感じさせるのに十分であった。
「ここが、仙涯境」
 街を眺めながら八重千代はポツリとそう漏らした。
「ええ、どうです。凄いもんでしょう」
「しかしあんな岩山からこんな広がりのある所に出るなんてな。おかしなこともあるもんだ」
「簡単なことですよ。実際には、あの山の内側にあるわけじゃない。そんなことをしたら山が倒壊してしまうよ。そうではなくて、ここは別の空間に繋いであるのさ」
「成程ね。ま、全国津々浦々から繋がってるならそれも当然か」
「さあ、街まで降りましょう」
「おっと、ちょっと待った」
 そう言って横にある整備された坂道を降ろうとする羽白を天野は制止する。羽白は振り返ってにっこりと笑う。
「大丈夫ですよ。ここには数は少ないが人もいます。多少好奇の目で見られるかも知れませんが、貴方に害を加えようとする住人はまあいないでしょう」
「そうか。それなら安心した。面倒だが、ちょっとまじないでもかけとかないとって思ってたから」
 そう言いながら天野は羽白についていった。八重千代もそれに続いて坂道を降る。
「先生は呪術を?」
「インスタントかつ儀式的なやつだけですがね。まあ便利ですから、簡単なやつなら積極的に取り入れていってるんですよ」
「そうですか。でしたら、鬼道など如何でしょう」
 天野が八重千代を振り返ると、八重千代は手を合わせて朗らかな笑みを浮かべていた。その目はまるでめぼしい客を見つけたセールスマンのようであった。
「はい?」
「鬼道は呪術を発展継承して体系化したものです。ですから、いくつかは人間にでも使えるものはございますよ」
「そうですね。まあ、気が向いたらで」
「そうですか、残念」