鬼姫奇譚 五章:仙涯境

 天野達は土で踏み固められた道を歩いていく。
 街までの道は整備されており、また開けた土地であったので、遠くまで見渡すことが出来た。道を歩いていて天野が連想したのは、地方の田舎町である。周りを見渡せば田んぼや畑、河や鎮守の森を思わせるものがこの空間を支配しており、空の青さがそれを一層際立たせた。
「中心部にある街の付近にはいくつか農村もございます。街に住む者の方が多いですが、何せ何かと騒がしいですからね」
 羽白は退屈しないようにとの配慮からか、道中色々と仙涯境について解説を挟んでくれ、天野と八重千代はそれらを感心しながら耳を傾けていた。
「そっちの方は、正に桃源郷、といった感じがしますな」
「ああ、桃源郷、ですか。確かにそうかもしれません。生活のために仕方なくではなくて、どちらかというと、求めてそこに住んでますからね。しかしその意味においては、外界でも似たようなことがあったような気がするのですが。ほら、すろーらいふ? でしたか。如何でしょう」
「まあ、確かにな」
 そう言っている内に、やがて朱塗りの大きな門が見えてきた。そしてその奥の門は開いているようで、中の様子をうっすらとだが垣間見ることが出来た。
「あれが街の入口ですか?」
 八重千代が問いかけると、「はい」と羽白はそれに頷いた。
「一応門番がいますが、気にせずに進んでください」
「止められないのか」
「止められませんよ。仙涯境は至って平和なためか、基本的に緩いのです。だからよほど風体の怪しい者や挙動がおかしな者でもない限り、素通り出来てしまう。それが良い所でもあり、悪い所でもあるんですが」
 門の前まで来ると、門番と思しき馬の頭をした者と牛の頭をした者が門の両脇に一人ずつ立っていた。天野がふと片方の馬頭に目をやると、それはその手で口を覆いながら大きな欠伸をしていた。
「さ、ここを入ればいよいよ街の中です」
 両脇から気怠げな視線を感じながら、三人は門をくぐった。
「まあ」
 八重千代は思わず口元で手を覆った。
「これは凄い。まるで豪華絢爛の絵巻物を見てるみたいだ」
 門をくぐるとそこは広場になっているようであった。駅前広場を思わせる場所であったが、周りに聳えているのは鉄骨のビル群ではなく、木造の楼閣群であった。周りを見渡すと、そこかしこに人がせわしなく行き交っている。人、といってもその風体は様々で、人と何ら変わらない者もいたし、獣人、あるいは提灯などの物を擬人化したような者もいた。行き交う人々の服装も様々で、近代以前の服装をした者もいれば、びっしりと三つ揃えスーツを来ている者もいるし、中には中袖のシャツにジーンズを履いた者までいた。
「驚いていただけたようで何より。ここは街の中心部分ですからね。新宿、梅田などなど外界のそれに及ぶべくもないだろうが、これはこれで趣はあるでしょう」
「そうですな。流石に感動したぜ」
「夜などは明かりが灯りますので、一層美しいものですよ。是非とも一度お目に入れたいものだ」
「え、ええ。今回の件が片付きましたら、是非」
 思わずうっとりしていた八重千代はハッとなってそう言った。
「羽白、聡文の家は分かりますか?」
「はい、案内しましょう。付いてきてください。あれに乗ります」
 そう言って、羽白はある一点を指差した。
 そこには、路面電車と思しき物が発着場に到着しようとしていた。