鬼姫奇譚 六章:八津鏡

「やあっ!」
 羽白に思い切り薙刀を振り下ろす。周囲を炎に包まれた暴風が襲い、砂利が舞い上がる。
「むうう」
 羽白は持っていた刀で薙刀を受け止めた。全身が小刻みに震えている。
「どうしました羽白! 先程から覇気がない、それに守ってばかり」
「こうして刃を交えるのは初めてですな。千代君、今になって貴方の存在の大きさというものを噛みしめております」
「昔話に花を咲かせている時間は」
 薙刀を引く。
「ないっ!」
 八重千代は羽白を突き飛ばし、彼にめがけて大きく薙刀を凪いだ。
 たちまちに八重千代の前方を火の奔流が襲い羽白がそれに飲まれる。火の消えたその場所で、羽白が膝に手をついて大仰にむせていた。
「立ちなさい。これで終わりではないのでしょう」
「はは、流石にこれは応えるねえ。あちこちが灼けるようだ」
「嘘おっしゃい。ピンピンしているではありませんか」
「おや、見抜かれてしまいましたか」
「見抜くも何も、稚児だって分かります。そんなあからさまな演技」
 ゴオオ、肚に響くような轟音が鳴る。
「なに?」
 八重千代は背後を振り返る。広場の中央やや奥に設えられた祭壇から、光の濁流が漏れ出ている。
「ようやくこの時が来たか」
「まさか」
「ああ、貴方が旧友と戯れている間に"封は解けた"というわけだ」
「おのれ。のらりくらりと躱していたのはやはり」
「ええ。目的の達成にはより確実な方法で遂行すべきですから」
「させない、今からでも」
 聡文へと向かおうとした八重千代の身に鋭利な痛みが走る。
「いっ……」
「焼きがまわった、というやつですかな。以前の貴方では考えられない」
 その場に崩れ落ちた八重千代から静かに刃を引き抜きながら、羽白は言う。
「うっ、貴方、達。なんてことを」
「貴方のそのように焦った表情が見れるとは。長生きしてみるものだ」
「巫山戯たことを」
「もう遅い。そこで事の一部始終でも見ておくがいいさ」
「やっ、聡文、やめ――」
 唐突な出来事だった。白の濁流は瞬く間もないままに淀んだ黒いものが混じり、祭壇を中心とした周囲を大きな白黒の渦に巻き込んでいった。