ロストミソロジー 九章:かむひの日の神

 望月は目を見張って日向を見る。
 日向は話し終えたからか、さっきまでの引き締めた顔を緩めてまた柔和な笑みを作った。
「少しは驚かれたでしょうか? これが、私達がさやを血眼にして追っている理由です。彼女は、今のこの国を揺るがす存在になり得る。ですから、弓司庁はその可能性を潰すために今こうして立ち回っているのです」
「何故」
 太が口を開いた。
「はい?」
「さやがそんな存在であったというなら、何故貴方達は彼女を今の今まで放っておいたのでしょうか。そんなに危険だと認識しているなら、いつまでも目覚めないようにちゃんと封印してしまえばよかった筈です」
「そうだね、太君、君の言う通りだ。でもそれは出来なかった。何故なら、僕達は彼女の祠を見つけられなかったからね」
「見つけられなかった?」
「そう。今の今まで、僕達は彼女の眠っている場所を見つけることが出来なかった。それは、敗北を確信した時の彼女の最後の抵抗だったのかもしれない。加えて他に解決すべき案件なんて山ほどあったから、次第に彼女に対する優先順位は下がっていってしまったんだ」
 日向は目を閉じる。
「それにね。もうかむひだった人達も、神々もいない。だから、彼女が目覚めた所で一人ぼっちだ。今更目覚めた所で大した脅威にはならないだろうと思っていた」
「なのに、今は血眼にして探しているのですね」
「ええ、お恥ずかしい話ですが色々と、致命的な浅慮をしてしまった結果です。確かに、かむひの人達はいなくなったと言いました。ですが、それは表面上の話。実際にはいたのです。頑なに信仰を持ち続け、彼女の復活を待ち望む者達の末裔が。そして僕達は彼女の力を見誤っていた。目覚めたさやは、確かに当初の見立て見通り力の大部分を削がれ、加えて記憶まで失っていたみたいですね。ですが、削がれて残った力の部分を過小評価していました。貴方達がさやと呼んでいるあの子は目覚めたばかりでまだ本調子ではないかと思われますが、それでも先日弓司庁の一人、勘解由小路晴が為す術もなくやられてしまいました」
 さやに、ということは先日の魔女の姿をした女の子だろうか。太は思った。彼女は浮かれた外国人でも何でもなくて弓司庁の一員だったということに、驚きを隠せない。
「かむひの末裔が何を考えているかは分かりません。ですが、もしその目的がさやの力を取り戻すことなのだとすると、それを看過するわけにはいきません。例え、その末裔の者を斬ってでも、私たちはそれを食い止めます」
「成程ね、話は大体分かりました。ところで、私から質問したいことがあるのですがよろしいかしら」
「何でしょうか?」
「日向さん。もしさやを捕まえたら、貴方はどうするつもりですか?」
「基本的には封印するつもりです。彼女のための神殿を整えて、その中に入ってもらう」
「そう。基本的には、とはどういうことでしょうか? まるで、他の選択肢があるかのような物言いですね」
「意地悪を言う方ですね。ですが、その通りです。もし仮に彼女がことさらに事を荒立てないと誓約してくれるのであれば、僕達も手を出すつもりはありません。無駄な争いをして、大事な人を失ってしまいたくはないですから」
「そうですか」
 随分とあっさりとした答え。望月としては少し拍子抜けした気分である。弓司庁から何人も派遣されて来るほどの重要事項だというのに、傍観が可能ならば、ただ傍観に徹すると言っているのだ。
「あの」
「どうしました? 何か質問があるなら聞きましょう」
「数日前のあの日、黒衣の人影がさやを攫って廃墟のホテルへと向かっているのを見かけました。あれは、何なのでしょうか?」
 日向はその問いに首を傾げる。
「似たようなものが秋月さんの報告にもありましたね。しかし、私はそれについてはよくは分かりません。ただ、魔法陣を使った魔術を行使しているという話なので、大陸から来た異邦人なのかもしれません。何故さやを狙うのか、そちらも要調査対象です」
 事態を引っ掻き回されて、面倒事にならなければいいのですが。日向は何か思案するように、そう呟いた。
 それから日向と望月はいくらか情報のやり取りをして、日向は滞在先のホテルへと戻っていった。どれもさして重要なことではない些末なことであったが、その中に一つ面白い情報があった。
 本居正一。とある旧財閥系創業家の元会長。その人物が今ここ菅原市に来ており、さやを狙っているのだという。「彼がかむひの末裔なのかもしれない」と日向は言っていた。
「これから、どうしましょうか?」
「そうね。今は、闇雲に探し回るのは止めた方が良いかもしれない。一旦、状況を整理しましょう」
「さやは、どうするつもりなのでしょうか?」
「分からないわ。彼女が今何を思っているのか、それは、あの子にしか」
 望月は乾いた外の景色を見ながら、ポツリと言った。