ロストミソロジー 十章:ムーンチャイルド

「とまあ、こんな所かしら。どうかしら?」
 望月は対面に座って聞き入っていた太に語りかけた。太はハッとして顎に手を当てる。
「どうかしら、と言われましても」
「あら、あんまり面白くはなかった? 残念ね。話のネタの役くらいには立つかと思ったのに」
「いえ、そんなことはないです。そんなことはないのですが、ちょっと頭が追い付かないというか」
「ごめんなさい。あまり話は上手くないから、ちょっと唐突過ぎる所があったのね」
「いえ、話は分かりやすかったです。頭が追い付かないというのは、そういったものではなくて、何といいますか、浮世離れしていて」
「ふふ、まあ今無理に理解しなくてもいいのよ。こういうのは時間が経てば少しずつ頭に入ってくるものだから」
 さやは一体どこまで知っていたのであろうか。太は考えた。さやが何を考えているのかは知らないが、事実だけ追っていけば、望月は月の人達に思う所があって、そのためにさやについていくということも考えられないではない。だからこそ望月に誘いをかけたのであろう。しかし、話を聞く限りでも望月が殊更何かを企んでいるとは思えなかった。たとえ、今の話に偽りが含まれていたとしても彼女はそんなことをするような人ではない。太はこれまで見てきた望月の人となりを反芻しながらそう思った。
 翌日、深夜に帰宅した太は北宮神社へと足を運んだ。昨日の今日で望月が心配であったためだ。
 社務所の戸をくぐって中に入り、太は望月の名を呼んだ。
 しかし、返答がない。その後も何度か呼んでみたが、返答はなかった。ひょっとして、何処かに出かけてしまったのだろうか。太は広間への戸を開けた。
「あれ」
 広間の机に白い紙切れが置かれていた。特にこれといって変哲もない、据え置きの電話機の横にでも置かれているような正方形のメモ書き用の紙。
 太はそれを手に取ってそこに書かれていた文字を見た。
「望月さん」
 太は少しの間、そこに書かれていた文字を何度も追いながらそこに立ち尽くしていた。