鬼姫奇譚 二章:考本

 放課後の夕暮れ。弓納は新聞部の部室に向かっていた。理由は簡単で、魔法陣の手がかりを求めたからである。
 校庭の魔法陣は消えていた。弓納と同じく放課後に見に行こうと計っていた学生もいたようが、その一報を知るや、無くては仕方がないと、誰一人あえて校庭に赴くという徒労をしようとする者はいなかった。
 新聞部の部室には数人の部員がおり、各々パソコンあるいは机に張り付き自分の使命と格闘している。
「え、昼休みの魔法陣の画像とか残ってないかだって?」
 パイプ椅子に座ってただ一人優雅に茶を啜っていた男性部員、菊池はパソコンから目を離して弓納の方を振り返った。パソコンには新聞の枠組みのようなものがいくつか映っている。
「はい。すみません、可笑しなことを言って」
「構わないよ。しかし弓納、君も案外ミーハーな所があるんだな」
 弓納は苦笑する。
「それさっきも言われました。やっぱり、写真はないでしょうか?」
「いいや、いくつかある。実はうちの部員が偶然そこに居合わせていたのさ。お陰で次に発行する新聞の小噺欄はこれで埋まることになったんだが、まあそれはいいか。ちょっと待ってくれ給え」
 そう言って菊池はマウスを操作し、モニターのアイコンをクリックしていく。
「弓納。これがそうだ」
「失礼します」
 弓納は菊池の背中越しにモニターを覗き込む。そこには、学校の中庭の芝生に幾何学的な文様が描かれている写真画像が表示されていた。
「ミステリーサークル式魔法陣、といった所ですか」
「まあ、大方誰かの大掛かりで不毛な悪戯といったところだろうがな。欲しいならプリントしてやるが、どうだ」
「あ、お願いします」
 菊池は印刷ボタンを押すと、部室奥の窓際の机に置かれていたプリンタが気だるそうにガタガタと音を立て始めた。
「そんなに時間はかからんだろう。少し待ってなさい」
「はい」
「それはそうと弓納」
「何でしょうか?」
「君は陸上の大会に出たりはしないのか? 男顔負けの運動神経をしているのに、勿体無い、と先日陸上部の知人が嘆いていたが」
「いえ、折角目を付けてもらったのはとても光栄なことなのですが、生憎色々とありまして」
 弓納は少し申し訳なさそうな顔をする。弓納も競技というものに対して興味がないわけではなかったが、客士としての勤めがある以上、あまり時間の拘束される活動に従事するわけにはいかなかった。
「そうか。事情があるなら仕方なかろう」
「すみません。ですが以前頼まれた時みたいに助っ人程度なら、出来るかと思います」
「成程。それはいいことを聞いた。彼に伝えておくよ」
 プリンタが厚紙を吐き出してピーという音を発する。その音を聞いた菊池は「おっ、そうこうしている内に出来上がったようだ」と言って席を立ち、プリンタから吐き出されたものを弓納の元へ持ってくる。
「特にスレもないし、これで大丈夫だろう」
「ありがとうございます、助かります」
「あれ」 
 菊池が写真を凝視する。
「どうしました?」
「この魔法陣。こんな模様だったかな」
 菊池は怪訝な顔をして呟いた。