飛梅

―― 菅原大学。キャンパス

昼を迎えた大学のキャンパスは講義を終えた学生達で溢れていた。彼らは思い思いにその休憩時間を過ごしその行動様式も千差万別だが、昼に大方の者が行う行動がある。
ランチである。
「いつもありがとうございます!」
"飛梅"と銘打たれたキッチンカー、そのカウンターから高くて快活な声が響く。声の主は四十川あいずみ五鈴いすず、このキッチンカーの持ち主である。
四十川「ふう。少し落ち着いたかな」
四十川が一息ついていると、
「これを一つ頼む」
男の声がした。一瞬ぼうっとしていた四十川は慌てて返事をする。
四十川「あはい! 少々お待ちをー、ってあら天野先生」
天野「やあどうも。儲かってるかね?」
天野は陽気に話しかける。彼はこの「飛梅」の常連であり、四十住とも他愛のない世間話をする仲であった。
四十川「ええもう、お陰様で」
天野「それはよかった。ところで四十川さん」
四十川「はい?」
天野「最近小耳に挟んだのですがー……」
四十川「なんですかもう、勿体ぶって」
天野「貴方の頭からなんかこう、獣のような耳が生えているのを見た云々という話があるみたいで」
ビクッ! 四十川の全身が小刻みに震え始める。
四十川「な、な」
天野「ましかし、そんな馬鹿な話があるわけありませんな。化け狐や狸が料理なぞ小器用なことが出来ますもんか。弁当なんぞすぐにお葉っぱに戻ってしまうだろう」
四十川「そ、そうですよ。もう誰なんですかね、そんな根も葉もない話を広げたのは~」
天野「おや、どうしました。少し落ち着きがないような」
四十川「ははい? どどどどいういうことで?」
天野「……」
四十川「……?」
天野「……おっと、失礼」
天野が手を振り上げるとふわりと風がキッチンカーに舞い込んだ。その拍子に四十川の髪を包み込んでいた三角巾の結び目が不自然に解けて飛び上がり、キッチンカー奥のテーブルにそっと舞い落ちた。
四十川「あ」
天野「あ」
四十川の顔がみるみる内に青みを帯びていく。
四十川「あいえ、これはその」

四十川の頭には獣の物と思しき耳が慎ましく鎮座していた。