神祓い 一章:少女

「村、ですか」
 菅原市近郊の山道を走る車。その助手席に座っていた太は言った。
「そう、八杉村。菅原市からちょっと山奥の方にあるのだけど知らない?」
 運転席の望月は答える。
「いえ」
「そう。それなら、少し説明しないとね」
 八杉村。人口二千人ほどの長閑な村だが、最近は若者の都市への流出や子供の減少により、緩やかな衰退を迎えつつある。そこで現在、人を呼び込んで村を活性化させるために開発の話が持ち上がっていた。
 しかし、開発には様々な困難が待ち受けていた。
 その一つが開発を快く思っていない住人がいることである。彼らは景観破壊などを理由に開発に対して難色を示しており、そのことが開発を遅らせる一因となっていた。
「このまま開発の話が頓挫すればいずれは廃村、ということもあり得るかもしれないわね。まあ、開発が進んだからといってどうにかなる保証もないのだけど」
「世知辛い話ですね」
「そうね。太君は田舎に住みたいと思ったことはある?」
「そうですね。田舎はやっぱり綺麗な所が多いですし、そう思ったこともないことはないのですが」
 太は目を伏せる。
「どうしたの?」
「なんといいますか、村って言いますと色々と怖い話がありますよね」
「怖い? 具体的には?」
「ほら、村というと因習がどうとか、村八分にされるだとか、そういう話があるじゃないですか」
 それを聞いて望月は思わず笑ってしまう。
「もう、笑わないでください」
「ごめんなさい。でも、まさかインテリともあろうものが、結構固定観念に囚われてるのね」
「う、でも火のないところに煙は立たない、とも言いますし」
「確かに一理あるけど。でもミステリー小説やホラー映画とかの見過ぎじゃないかしら。そんな可笑しな村は滅多にないと思うのだけど。それにね、そんなことを言ってしまったら、都会はどうなのかしら?」
「それは、都会も色々あります」
 太は少しバツが悪そうに顔を背けて、外の風景を眺める。外は相変わらず変わり映えのしない深緑の風景で彩られていた。
「ところで」
 太は少し間を置いて切り出す。
「今回は何故その八杉村に行くのでしょうか? 今までの話だと、特に僕達は関係ないように思えるのですが」
「神隠しよ」
「神隠し?」
「そう、神隠し。八杉村はね、一定の周期で神隠しが起きるという言い伝えがあるの。これから人を呼び込まないといけないという時に、そんな得体のしれないことを放置したままはまずいでしょう? だから、今回はその調査にきたの。まあでもそうね、その意味で言ったら八杉村は滅多にない村の部類に入っちゃうわ」
「それって大丈夫なんですか? もし神隠しが本当だったとして、それが神様の仕業だったとしたら危ない気がします。ミイラ取りがミイラになったりなんてことは」
「それはないわよ」
 望月は表情を変えずに平然と言い放った。
「そう、ですか」
「さ、もうすぐ着くわ」
「了解です」
「ああ、それと」
「はい?」
「仮に何かあっても貴方の身は私が守るから、私を信じていてね」

 山道を抜けて着いた八杉村は山間の小さな盆地であった。村の中心部南あたりに駅があるが、人の気がなくあまり利用されている気配はない。駅の周囲は休憩所の他、瓦葺きの民家と個人商店の建物があるくらいである。
「ここが八杉村、ですか。もう少しこう、田んぼが広がっている牧歌的な風景を思い描いていたのですが」
「がっかり?」
 駅近くの通路に停車し、自動販売機で買った無糖の缶コーヒーを飲みながら望月は言った。
「それなりに」
「じゃあよかった」
「何故ですか?」
「貴方がそんな牧歌的な風景を欲しがってたからよ」
 太一は怪訝な顔をする。
「もしかして、僕ががっかりする様子を見て楽しもうっていう魂胆だったんですか」
「まさか。私はそんな性悪じゃないわよ」
「じゃあなんでなんです?」
「駅から離れれば貴方の求めているものがあるのよ」
「本当ですか?」
「ええ、本当。やること終えたら存分に見るといいわ。さ、行きましょ。これから依頼主のいる役所に向かうわ」

 四階建ての八杉村役場は駅から少し外れた国道沿いにあった。周辺にはうどん屋や洋食店の他、最近出来たらしいコンビニエンスストアなどが店を構えている。
「太君、こっちよ」
 望月は国道に面した役場の入り口をそのまま素通りして、建物の裏の方へと歩いて行く。
「何処に行くんですか?」
「職員用入り口よ」
 二人が裏口の方へ回ると、そこにはスーツ姿の若年の男が立っていた。男は何をするともなく、腕を組んで只ぼんやりと雲の動きを眺めている。
「あ、望月様ですね」
 足音に気付き、男は望月に声をかけた。
「ええ、こちらは助手の太です。ひょっとして、ずっとお待ちしていました?」
「いえいえ、ここにいたのはついさっきです。では早速ですが、どうぞこちらへ」
 男に案内され、二人は職員用の入り口を通されてすぐの階段を上る。
「申し遅れていましたが、私は倉光と申します。どうぞ、お見知りおきを」
「ええ、よろしくお願いします。倉光さんはここの出身なんですか?」
 その問に倉光は首を振る。
「いえ。私は元々菅原市の人間です。特にここに親族がいたわけでもないのですが、色々と縁がありまして、今こうしてここで職員をやっております」
「そうでしたか」
「不思議なものです。こういった所と関わることないなんて思ってたのに、気がついたらこの有様です」
 そう自嘲気味に言っている倉光はしかし、どこか嬉しそうであった。
 四階の村長室の前に到着すると、倉光がノックをした。
 どうぞ、と柔和な男の声がする。
「おお、これはこれは。お待ちしておりました。遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。村長の若槻です」
 部屋に入ってきた望月達を迎えたのは、白髪の入り混じった穏やかな印象の男だった。