鬼姫奇譚 五章:仙涯境

 岩窟の通路はひんやりとしていた。時折風が吹き込むのは別の空間へと繋がっている証拠であろう、と天野は思った。
「ふと気になったのだが」
 ほんのり薄暗い道の途中で天野は羽白に語りかける。
「どうしました?」
「仙涯境の入り口ってのは、ここだけしかないのか?」
 天野が言うと、羽白は「ほほお」と感心したように顎髭をさする。
「なるほど、流石は先生といったところでしょうか。ええ、お察しの通り仙涯境へ至る道というのは全国各地にあります」
「へえ。それは便利だ」
「何故ですか?」
「仙涯境を経由すれば全国各地へ行けるわけだ。交通手段に悩まされることもない」
「まあ先生ったら」
 八重千代が呆れたような顔をする。
「はは、しかし効果的な活用法ですな。内に籠っていたら考えもしないことだ」
「人間ってのは、そうやって楽をしよう楽をしようって思って発展してきた生き物ですからね。自慢じゃないが私も御多分に漏れず、そういう方面には頭が回るのですよ」
「確かに。私も久々に人里を見ましたが、仰る通りのようだ」
 ささ、もう着きますぞ。羽白は道の先を指し示す。光の差す出口を天野は眩しそうにして見つめる。
「では、楽園とやらを拝ませていただこうか」