鬼姫奇譚 四章:遠い日の思い出

 本棚に囲まれた広大な部屋。夜空に浮き上がる月を見上げながらローブを羽織った少女は一人佇んでいた。
「一向に諦めてくれない。でも、ふふ、その根気が何時まで持つのか見ものね」
 軽やかな足取りで月明かりの差し込む部屋内を歩きながら、吹き抜けの開けたスペースに行き着く。その床には複雑な幾何学文様がうっすらと青い光を放っている。
「さて、お次はどうしようかしら。どうしたらあの娘達を楽しませられるかな。ちゃんと考えないと、すぐに飽きられちゃうわ」
「いいえ、その必要はないです。それに困ります」
「あら?」
 ローブの少女は部屋の入り口の方を見やる。その視線の先には弓納と日夏がいた。二人は徐々に少女との距離を詰めていく。
「なんで黒幕(わたし)がここにいるって分かったの?」
「貴方が小細工をした時です。私を日夏さんに、日夏さんを私に錯覚させたあれ。実は貴方の作ったと思しき魔法陣の写真をとある知人に調べてもらっていたのですが、その写真、魔法陣と繋がってて、さらにそれを経由して貴方と繋がってたんです。魔法線とでもいいましょうか、とっても細くて一方通行の線だから能動的にその元を辿るのは難しいみたいなんですが」
 それを聞くと、ローブの少女はああ、と納得したように手をぽんとさせる。
「なるほど。私が愚かにも魔術を使うことでその発信元の情報を提供してしまったというわけね」
「そういうわけになります。私達を困らせるつもりが、墓穴を掘りましたね。さあ大人しく観念して姿を見せて、って……え」
 ローブの少女は被っていたフードを脱ぐ。そこには、弓納がよく知っている顔が隠されたいた。
 フードを抜いた少女は微笑む。
「御機嫌よう。弓納さん。"幻術にかかった振り"をするのは難しかったわ」
「芥川さん」
 そこに居たのは芥川であった。彼女は図書館の中心で、まるでその空間の主かの如くそこに佇んでいる。しかし衣装は学校の制服ではない。ファンタジー調の司書を思わせる衣装に身を包んでいた。
「何で、芥川さんが?」
 弓納は訝しげに尋ねる。
「あら、そんなことはとっくに分かっているんじゃないかしら。ねえ、アリスちゃん」
 芥川が日夏の方を向いてそう優しく語りかけると、日夏は目を大きく見開いた。容姿こそ違えど、確信がそこにはあった。その立ち居振る舞い、声。そして、二人だけの秘密の名前。日夏は静かに、そして自身に改めて理解させるかのようにその口を開いた。
「ソフィー……?」
「そうよ、お久しぶりね。ま、私はこの高校に入ってから貴方のことをずって見ていたのだけど」
「どういうことですか? 芥川さんと日夏さんは知り合いなんですか」
「そうよ、弓納さん。アリスちゃんと私は古い付き合いなの」
 芥川は弓納にやんわりと微笑む。
「だって私は、"アリスちゃんの本ですもの"」
「え。じゃあ、もしかして……」
 弓納は東方文庫で秋月に聞いた言葉を思い出す。「本などと銘打ってはいるものの、別段本の姿をしているとは限らない。それこそ、どういう姿をしているかはその製作者の思想、嗜好性によりけりなのだ」それが示しているのはつまり、本ではない姿をしているということであり、また、人の姿を取っている可能性も十分にあるということだった。
 日夏が横にいた弓納に語り掛ける。
「そうよ、弓納さん。この子が『Promethean filia(秘匿されるべき書架)』、私の探していた奇書よ」