神祓い 二章:異変

「はあ、どうしたものか。少なくとも、今起きていることを解決しないことには旅館には戻れないだろうし」
 太一は右手に書かれた文字を見やりながら吐息を漏らした。
「困ったね。このまじないも僕の技術じゃ持って後十二、三分ってところか」
 少し体が重かった。元々の体の疲れもあるのだろうが、おそらく、このまじないによるものが大きいのだろう。望月曰く、多用しないこと。一時的とはいえ体の性質を変えてしまうものなのだから、体にそこそこの負担がかかるらしい。そしてどれくらいの負担がかかるのかを以前太は聞いたが、「そうね。感覚的にはランニングを続けているくらいの負担がかかるかしら」と望月が答えたことを思い出す。
 当て所もなく村の小道を歩いていると、住人らしい男が明かりを持って何やらそこここを照らしていた。
「……誰か探しているのかな」
 小声で太が呟くと、男が眉をひそめてその場を照らした。太は咄嗟に口をつぐんだが、男はそこに誰もいないことを認めると、怪訝な顔をしつつもまた別の所へと明かりを向けた。
(あ~危ない、声は聞こえるんだったな。独り言なんて言うもんじゃない)
 おそるおそる男の側を通り過ぎようとする。
「全く、こんな深夜に二人組の男女を探せだなんて無理があるよ」
 男は唐突にぼやいた。太は思わず反応しそうになったが、なんとかこらえた。
 やはり、この男は自分達を探している、太は考えた。今頃宿に入った男達は部屋がもぬけの殻だったことに気付いて慌てふためいている筈だ。では次に何をするのか。
(決まっている。もしこれが村ぐるみなんだったら、他の住人に連絡を取って探させる)
 つまり、今この村にいては危険であるということである。好意的な印象を受けた村人の家やあるいは村長の家に匿ってもらうことも考えたが、こうなってくると彼らもどこまで信用出来るかは分からない。例え彼らに害意がなくとも、先程の男達に有無を言わさず家に押し入られてしまえば一貫のお終いだ。
(とりあえずどこか村の外れに行くしかない)
 そこまで考えて太は思った。
(望月さんは夕暮れ頃に湖の方に行っていたっけ。どうせここらをうろちょろしても仕方がないし、一回行ってみよう)
 太がその場を後にしようとすると、男がぼそっと呟いた。
「神様ってのも酷いね。何も祟ることはないじゃないか。ちょっとあんまりだ」