神祓い 三章:神贄

 耳をつんざくような無機質な衝撃音が辺りに響き渡った。島を寝床にしていたらしい鳥達が一斉に飛び上がる。
 太は思わず瞑っていた目を開くと、宮子は手を止めて太ではなく別の方向に顔を向けていた。
「野蛮なことはやめて下さらないかしら。その子、私の大事な連れなんですの」
 宮子の視線の先、木の上にいた望月は言った。片手に掲げているのは回転式拳銃。望月の"仕事道具"である。
「ああ、そういえば、よそ者はもう一人いたな」
 宮子は顔をしかめながら言った。
「望月さん!」
「ごめんね太君。まさかこんなに早く、しかも村総出で動き出すなんて予想外だったわ」
 宮子のことを意に介さず、望月は申し訳なさそうに言った。
「でももう大丈夫。後は私に任せなさい」
「貴様、不敬も甚だしいぞ。一体どういう了見でここに無断で立ち入った」
「了見も何も、その子が酷い目に遭いそうだったものだから、咄嗟に助けに入っただけよ。何か問題ありまして? 時代錯誤の神様」
 その不躾な言葉に宮子は顔を一層険しくする。
「我は寛大だ。ここで大人しく帰るならば、そなたの無礼にも目を瞑ってこのまま帰してやろう。じゃがしかし、もしここに居座りあまつさえ邪魔だてしようものなら、分かっておろうなあ」
「ねえ、貴方。その前に一ついいかしら?」
「……なんだ」
 宮子は苛立たしそうに答える。
「もし今ここで私の言ったことを守ってくれるなら、このまま村の神様として座するようにして取り計らってあげるわよ。村の人も貴方を心底嫌っているわけじゃないようだし。どうかしら、悪い話じゃないと思うのだけれど」
「……話は、それだけか」
「ええ。で、どうかしら? より良い返事を期待しているわ。今すぐこの場で」
「ふふふ、はははは」
 宮子が高らかに笑い出す。そして、嫌に低い声でこう告げた。
「はらわたが煮えくり返るとはこういうことか。良いぞ、そなたが望むのなら、すぐに幽世への門を開けてやろう」
「そう、これからの話の段取りを考えていたのだけど。残念ね」
 上空で蛇の様にうねっていた炎が望月に襲いかかる。しかし、望月はそれを物ともせずに躱す。
「芸がないわね。なんの捻りもない見世物じゃ飽きられちゃうわよ」
「小娘、言わせておけば」
 生き物のようにうねっていた炎が八つに分かれ、広場を蛇行し始める。
「あら」
「先のはほんの小手調べよ。勝手なことをべらべらべらべらと述べ連ねてきたことを後悔するがいい」
 炎が地上上空と複雑に行き交いながら望月に襲いかかる。
「これは面倒ね、もう」
 望月は眉を潜めながらも軽やかに避けていく。
「全く、避け続けるだけじゃ埒が明かないわ」
「いいや、明ける必要もない」
「え」
 宮子はいつの間にか望月の前に立ち、その体に懐刀を突き立てていた。
「あっ」
 望月は顔を歪め、汗が頬を伝っていく。
「望月さんっ!」
 太は力の限り叫んだ。
「大口を叩いた割にはこのざまか。全く、滑稽よのう」
「……」
 望月は無言のまま顔に微かな笑みを浮かべて宮子を見据える。
「なんじゃ、じっと見つめて。薄気味の悪い」
「ふ、ふふ」
 望月が耐えきれなくなったように笑い出した。
「ふん、気でも触れたか」
「いいえ、ごめんなさいね。耄碌した神はこうも簡単に罠にかかってもらえるのだと思って、可笑しくなって、耐えられなくなっただけよ」
 口から血を流しながら望月は言った。
「やはり気が触れておるよう――」
 宮子はその目を大きく見開いた。
「おのれ、体が、動かぬ!」
 望月の体が一瞬にして紙片の塊になって舞い散る。そしてそれは、縄状のものになって宮子の両手を後手に縛り上げた。
「くっ、こんなもの」
「解こうったって無駄よ。それ、逆の注連縄だから」
 望月はいつの間にか宮子の目の前にいた。彼女は望月を睨め付ける。
「貴様」
「そう怖い顔しないで。折角の可愛らしい顔が台無しよ」