異界手帖 七章:鷹と蛇

 いつにも増して閑散とした北宮神社。誰もいない社務所の中で呪術に関する指南書を読んでいた太だったが、少し外の空気にあたろうと境内に出た。
「わわ、葉っぱか」
 風に吹かれて飛んできた葉が顔に当たる。高台にある神社には相変わらず人の気配はなく、木々のざわめきと小鳥のさえずりが聞こえるばかりである。
 俗的な話だがこの神社は一体維持費諸々をどうしているのだろうか? 太はふと疑問に思った。神社の経営などはよく分からないが、少なくとも賽銭箱を充てにしているわけではないことくらいは理解している。神社によっては兼業の神職もいるというが、望月は客士としての活動を除いて特段別の仕事をしているわけではない。いや、そもそも神職らしいことはしているのであろうか? 神社といえばお祓い、地鎮祭、などがあった筈だが、彼女の口からそんな言葉が出たことはない気がする。
「ま、帰ってきたら聞けばいいか」
 太は境内の一角から街を見下ろす。自分の身の回りの騒々しさとは裏腹に何事もなく過ぎていく街の一日。仮に今自分がいなくなったところで、世界は何事もなかったかのようにその時間を進めていくのだろう。
「今日も街は異状なし、なんて」
「はじめ、はじめ」
 不意に背後から声がした。太が振り向くと、そこにはたまきが立っていた。
「たまき」
「ごきげんよう」
「うん、こんにちは。今日も参拝?」
「そうね。それもなのだけど、今日は、貴方に用があってきたの」
「僕に用?」
「ええ。"『真統記』、その鍵である、太一"」
「え」
 一瞬、太は自分の耳を疑った。何故、たまきの口から『真統記』の名が出てくるのか? たまきは、少し変わっているけど、普通の少女。こちら側の世界の事など知らない筈。
 そこまで考えて太はふと思った。一体、自分はたまきの何を知っているというのか。
「何で『真統記』のことを? それに鍵って」
「そう、やっぱりほとんど知らないのね。自分がどういう存在なのか」
「さっきから一体何を。何で、たまきがそんなことを」
「思ったより早く事は動いてしまった。もっと貴方と、色んなことを見たり、話したかったのに」
「たまき、答えて――」
 太はふわりと意識が遠のいていくのを感じた。たまき、君は一体何者で何がしたいんだ。太は薄れゆく意識の中でたまきの顔を見る。
 ごめんなさい。その顔は、青年への謝罪の表情に満ちていた。