異界手帖 七章:鷹と蛇

「ふうん、あれが屋敷ね」
 長い廊下を出て小高い丘の上に出てきた望月が呟いた。
「あっちの屋敷とそっくりですね」
「おそらく、正規の建築で造られたのではなく、別の何らかの方法で造られたのでしょう」
 弓納の疑問に、日井は答える。目の前に見える光景は生野邸の複製のようで、一見したところその違いは分からなかった。
「実は屋敷は幻術で、そんな所に屋敷は存在しなかった、なんてオチが付いてたりしないか」
「それはないんじゃない。大江御前、生野綱は文化人ぶってるんだから、多分野や山で野宿したり、生活しているとはとても思えないわ」
「ふん、そういう所は繊細なんだな」
「さ、無駄話してないで行きましょう」
 なだらかな丘を下り、日井の先導のもと裏の入口へとたどり着いた。
 裏口は正面玄関より規模こそ小さいものの、一般的な洋館であれば正面玄関といっても差し支えない程の大きさはあった。
「もうここに来たこともばれてるだろうから、無理して裏口から行く必要はあるのか?」
「おっしゃる通り、ここに来ている時点で今更裏口である理由は薄いと言えます。しかし、気休め程度にはなるでしょう。何より、私達は招かれざる客なのですから」 
「地図とかないんですか?」
 望月が日井に尋ねると、日井は首を横に振る。
「いえ、残念ながらありません。部下にある程度調査はさせましたが、屋敷内を隅々とはいきませんでしたので」
「まあ、そうよね」
「どういうことですか? あっちのお屋敷と一緒なら、中の構造も同じだと思いますが」
「本当に同じなら、ね」
 弓納は首を傾げる。外観だけ似せて中身は違うということか。しかし、それは一体何のため?
「考えても仕方あるまい、とりあえず中に入ってみれば分かることだ」
 天野は用心しつつドアノブに手をかけると、何の抵抗もなく扉は開いてしまった。
「鍵かかってないのは、案外ドジっ子なのか、罠なのか」
 そう言いながら扉を開けてさっさと中に入ってしまった。
「あ、ちょっと天野君」
「待ってください」
 弓納も続いて扉の中に入っていくと、きい、と音を立てて扉は閉まった。
「緊張感ないわね、もう」
「私達も後を追いましょうか」
「そうですね。ここにいても仕方ないですし」
 望月は扉を開けて中に入る。
「あら?」
「どうしました?」
 扉の前で立ち止まってしまった望月に日井は尋ねると、望月は淡々と言った。
「大変、二人がいません」