異界手帖 十一章:反魂の願い

 建物の中はいたって単純で、基本的には朱色の柱に板張りの薄暗い廊下と、畳の敷かれた明るい部屋で構成されていた。
 望月達は橋から見えた一番上層の階を目指した。そこからたまきと思しき気配を感じ取ったからである。いくつかの部屋と廊下を横断し、上層へと登った所で望月達は立ち止まった。
「いきなり、何の前触れもなく来たわね」
 登った先はやはり畳の敷かれた部屋。望月は"目の前にいるそれ"を見て不敵な笑みを浮かべる。
「こんな猛獣を放し飼いにするなよ。飼い主の神経を疑うぜ」
 対して、天野は引きつった顔をする。
「あるいは、私達のために特別に放し飼いにしてあげたのかもしれませんね」
 弓納は淡々と言った。
 それは大きな地鳴りのような唸りを発し、侵入者をじっと見定めている。迂闊に動こうものなら、すぐに食らいつくとでも言わんばかりの目である。
 獣は猫とも虎ともつかぬ相貌をしており、逆立った尻尾は蛇であった。
「鵺、といった所でしょうか?」
「どうでしょうね、それは飼い主に聞いてみないと」
「では、さっさとのしてしまいましょう」
 弓納の手に捻れた朱色の槍が現れる。
 獣は弓納の様子が変わったのに躊躇し、少し距離をとる。
「何を……」
 弓納はハッとする。
「お二人とも下がって!」
「分かってる!」
 望月は天野とほぼ同時に一歩下がり、そこで持っていた札を横一文字に振りまく。札はこれから起きる災害から天野と望月を守るかのように、その前を目まぐるしく動きまわった。
「弓納、援護は?」
「大丈夫ですっ!」
 弓納は体のバネを使って大きく跳躍した。直後に弓納のいた場所に大きな電気の奔流が起きる。
「やあ!」
 空中で一回転して槍を獣目掛けて思い切り振り下ろす。しかし、獣は軽やかに巨躯を動かしてそれを易易と避け、着地しようとした弓納を尻尾で振り払おうとした。弓納は即座に地面に突き立った槍を振るうことでそれを払う。
 獣は再び様子を伺っている。弓納の方も槍を構えたまま微動だにしない。
「下手に手を出さないほうがいいかもしれんな」
「そうね。もう少し様子を伺うべき――」
 大きな音がした。同時に、空気が揺れ、風が大広間に流れ込んでくる。
「ねえ天野君」
「ああ、もたもたしている暇はないらしいな」
「小梅ちゃん!」
「大丈夫です、先に行ってください!」
 弓納は獣と対峙したまま、振り向かずに答える。
 望月は結界を解き、脇にあった階段へ足をかける。天野もそれに続く。
「やられるなよ!」
「了解です!」
 二人が階段を駆け上ろうとするのを狙って、獣は角から電磁波のようなものを放とうとした。
 しかし。
 獣は自身に加えられた大きな衝撃でよろめき、放たれた雷はあらぬ方向へと軌道を描き、階段脇の誰もいない場所へと直撃した。
「どっちを見ているんですか? 貴方の相手は私ですよ」
 獣はゆっくりと真下にいる少女をギロリと睨んだ。そしてさも不服そうに喉を唸らせる。
「もしお二人を追いたければ私を倒してからにしてください」
 弓納は腰を低くして槍を構える。
「私、負けるつもりありませんけど」