ロストミソロジー 一章:白い髪の少女

「最近何かあったのかね。君にしては随分と景気がよさそうな顔をしている。普段と大違いだ」
「別に何もなかったさ。むしろ何もなかったからこそ、こんなにも晴れやかな気分なんだろうな。いやしかし、俺は普段そんなに景気が悪そうな顔をしているつもりもない。新宮さんよ、少し偏見が入ってるんじゃないか。いいのかね、学者ともあろうものがそんな思い込みで人を判断して」
「別に私は君がどう振る舞っているつもりかの話はしていない。実際問題、君が客観的にどう見られているかを言っただけだ。それとも何かね? 君は周りに朗らかな人間だなあ、などと評されていると思っているのかね?」
 日本の地方都市である菅原市のとある大学。人の行き交うキャンパス内のカフェテリアにて二人の男女は他愛のない会話を交わしていた。通常であれば何てことのない風景。ただ、二人の組み合わせは少し異様であった。男、天野幸彦は百八十センチを超える身長の持ち主で、その全体像だけ見れば、何かしら格闘技に従事していても何ら不思議はない体格をしていた。一方で男の真向かいに座っている女、新宮智映美は百五十センチもない程度の身長で、体格もそれに比例するように華奢な体つきであり、一見すると只の少女にしか見えない容姿をしていた。要するに、全くもって正反対の存在である二人が対面に座っているのである。それが、只の親子なのであれば誰も気にもとめなかったであろう。しかし、彼らの会話や雰囲気は親子のそれではなく、そして、事実親子でも何でもなかった。そのことが、普段周りの人間に関心を示さないような人間ですら思わず脳裏に焼き付けてしまうほどの光景を現出していた。
「まさか、流石にそこまで自意識過剰じゃない。と、そんなことはいい。新宮、要件は何だ」
 天野は自分にとって不毛に至るであろう会話を早々に打ち切って新宮に尋ねた。すると、新宮は「ああ」と不敵な笑みを作ってこう言った。
「喜べ。君の安穏とした日常は一旦休止だ」
「どういうことだ」
「どうしたもこうしたもないさ。"異界騒ぎ"とやらが起きたらしい。つまり君の出番ということだ」