ロストミソロジー 二章:素性

「ええ、そうですか。分かりました、ありがとうございます」
 ガチャ、と望月は据え置きの電話機を置いた。
 さやを保護してからというもの、少しずつではあるが望月は彼女のことを調べていた。望月本人としては彼女がいてもらうことに何ら問題は感じていなかったが、やはりいつまでも保護するわけにはいかない。第一、両親ないし保護者、友人が心配しているだろう。いや仮にそうでなかったとしても、少なくとも彼女の身元は確かめておくべきである。もし彼女が望んで今の状態に至ったのなら、新しい保護者が見つかるまではこちらで保護しておけばいい。だが、もし新しい保護者が見つからなかった場合はどうするべきか。
「私の方で預かるのでもいいか。それにしても」
 望月は手に持ったリストを苦々しげに見つめる。それは、さやの身元への手がかりを掴むために望月が洗い出した連絡先であった。
 手始めに児童養護施設などを当たってみたりはしたが、さやのような子がいたという話はなかった。他、知り合いの坂上という刑事に事情を話して、行方不明者にさやのような女の子がいないかをそれとなく探してもらったが、やはりそんな子はいないということであった。
 市内、隣接の街で手がかりが掴めそうな所をしらみつぶしに当たっていったが、全くもってさやへの手がかりは掴めなかった。
「まさか、妖精とか森の精って言うんじゃないでしょうね」
 望月はさやを人間だと考えていた。だからこそ、少なくともまずは人間であるであろう証を探していた。
 第一に、さやは人間らしいと感じたからである。第二に、不可解な事象に対して、兎に角にも異界の住人の仕業だというスタンスで行くことを好ましく思っていなかったからである。
 世の中には、不可解な事象というものは確かに存在する。そして、それらはやはり妖異や神、あるいは呪術師ないし魔術師などと呼ばれる者の仕業である。しかし、人間というのは悪知恵を巡らせる生き物で、実現可能な範囲内で"不可解な事象のようなもの"を起こす輩がいる。むしろ、"不可解な事象とされるもの"の半分以上はこれである筈である。蓋を開けてみればなんてことはない、只の人間の仕業であったということがままあるのである。だからこそ望月は、先ずは世間一般的に起こりうる範囲で、事象を捉えるようにしていた。
「でもちょっとお手上げね。はあ、ちょっとお茶でも飲んで落ち着こうかしら」
 そう言って、望月は徐ろに台所へと歩き出した。