ロストミソロジー 四章:影、暗雲

「それで、わざわざ弓司庁から来られたということですが、人探し、ですか?」
 十畳程の広さの応接間にて、日向にお茶菓子とお茶を用意し望月は切り出した。
「はい。恐れながら詳細な内容を話すことは出来ないのですが、とある女の子を探しているのです」
「はあ、女の子。特徴は?」
「そうですね。一番目立った特徴と言えば、髪の白いことでしょうか」
 さやのことだろうか? 望月は考えた。しかし、さやでない可能性も十二分に考えられる。
「髪の白い女の子、ですか。もし、写真などはお持ちでないでしょうか?」
「写真でしたら、一応こちらにございます」
 そうして差し出された写真に写っていたのはやはり髪の白い女の子であった。そして、少々遠くからの写真のため確証はないが、振り向きざまの顔はさやのように見えなくもない。
「写真を撮ったのは一週間前以上の話ですが、部下の報告によればこの辺りで彼女らしき人物を見たとのこと。これはその時の写真です。と言いましても、この写真の女の子が本当に私達の探している女の子かどうかはまだ確証がないのですが」
「遠目ですが、これはまた随分と綺麗そうな女の子ですね」
「ええ、それはもう。それで望月さん、この少女について何か心当たりはないでしょうか?」
「その前にお聞きしたいのですが、何故この子を探し出したいのでしょうか? 聞く限り、この女の子が貴方達の誰かの親戚、ということでもないようですが」
「それは、申し訳ございません。今は事情を話すわけにはいけません。これは機密事項にあたりますから」
「そうですか、分かりました。その女の子ですが、少なくともここにはおりませんし、心当たりもございません」
 半分事実、半分嘘であった。半分事実というのはさやは今現在、弓納の下宿先に行っており、神社には確かにいなかったからである。弓納とさやはすっかり打ち解けて仲良くなっており、今回、弓納の下宿先にまで遊びに行ったのも、そんな仲の良さの表れであった。そして今日、さやはこの神社には帰ってこない。さやは弓納の下宿先に一晩お世話になるからである。
 しかし望月はそのことを伝えず、あくまで今ここにはいないという事実だけを伝えた。
「そうですか。それは残念です」
 そう言ってスーツの内ポケットから名刺のような小奇麗な紙片を取り出すと、それを望月に手渡した。
「私の連絡先と滞在場所です。もし私達の探し人と特徴が一致する者がいましたら、こちらの方に連絡をお願いします」
「あら、もう帰られるのですか?」
 そう望月が尋ねると、日向は微かに笑みを浮かべながら言った。
「最近は色々と立て込んでいまして、今日もこれから行かなければいけない所があるんです。折角中にあげていただいたというのに申し訳ございません」
「いいえ、別に構いませんよ。それに私が無理やり上げただけですし」
「そう言っていただけると助かります」
「お見送りしましょう」
 望月が立ち上がると、日向も合わせて立ち上がった。
 応接間から出た後、社務所の玄関口にて手入れの行き届いた革靴を履いた日向は振り返り、望月に頭を下げた。
「では失礼いたします。また機会でもございましたら、その時はよろしくお願いします」
「ええ、お気をつけて」
 日向はカラカラと引き戸を開けて行ってしまった。そして、その洗練された瀟洒な靴音とは別に少し浮かれたような子供のような足取りの音が聞こえてきた。
 カラカラと引き戸が開いた。
「望月さん」
 そこにいたのは太だった。青年は後ろをチラと振り返る。
「あら、太君。こんにちは」
「はい、こんにちは! あの、先程すれ違った人は」
「ああ、日向さんというの。折角だから、さっきのこと話しておくわ」

「望月さん、何故さやのことを話さなかったのでしょうか?」
 相変わらず開け放たれた広間にて、日向のことについての話を聞いた太は望月に尋ねた。
「単純な話よ。弓司庁が必ずしも信頼出来る所ではないから」
「そんな、国の組織なのでしょう? それなら、そんなに警戒することはないのではないでしょうか?」
 その問いに、望月は首を振った。
「いいえ、太君。警戒すべきよ。少なくとも、全面的に信頼なんてできないわ」
「何故そんなに」
「太君、日井さんの件を忘れたのかしら」
「あ」
 日井。以前弓司庁に所属していたが、今は行方不明扱いとなってしまった男。しかし、彼は……
「あの件以来、弓司庁も一筋縄ではいかない所なのだということを学んだわ。だから、迂闊に伝えるのは控えておこうと思ったのよ」
「でも、さっきすれ違っただけですがあの人は何か裏があるような人じゃないと思います」
 まさに日本男児を絵に描いたかのような男の顔を思い出しながら、太は言った。
「そうね。私もそうは思ったわ。でも、じゃあ日井さんはあんなことをしそうな人に見えたかしら?」
「あ、それは、ですね」
 しどろもどろになり、やがて太は押し黙ってしまった。
 そう、単純に信頼してはいけないのだ。例え相手が神の祝福を全面に受けたような印象の男であっても。望月はそんなことを考えながら、太を中に入れた。